返り点に対する「括弧」の用法について提案

「全ては知りません」の「は」:部分否定。

(01)
① 全ては知りません。
② 全てならば知りません。
③ 全てを知りません。
④ 全て、知りません。
⑤ 全てが知りません。
に於いて、
① ⇒「一部は知ってゐる。」
② ⇒「一部は知ってゐる。」
③ ⇒「全く何も知らない。」
④ ⇒「全く何も知らない。」
⑤ ⇒「日本語ではない。」
である。
従って、
(01)により、
(02)
① 全ては知りません。
② 全てならば知りません。
③ 全てを知りません。
④ 全て、知りません。
に於いて、
① ⇒「部分否定」
② ⇒「部分否定」
③ ⇒「全部否定」
④ ⇒「全部否定」
である。
従って、
(02)により、
(03)
① 全ては知らない。
② 全てならば知らない。
に於いて、「命題」として、
①=② である。
然るに、
(04)
(a)
1  (1)全てならば知らない。    仮定
 2 (2)全てである。        仮定
  3(3)     知ってゐる。   仮定
12 (4)     知らない。    12前件肯定
123(5)知ってゐるが知らない。   34&導入
1 3(6)全てではない。       25背理法、
1  (7)知ってゐるのは全てでない。 36条件法
(b)
1  (1)知ってゐるのは全てでない。 仮定
 2 (2)知ってゐる。        仮定
  3(3)       全てである。 仮定
12 (4)       全てでない。 12前件肯定
123(5)全てではあるが全てでない。 34&導入
1 3(6)知らない。         25背理法
1  (7)全てならば知らない。    36条件法
cf.
(a)
1  (1) A→~B  仮定
 2 (2) A     仮定
  3(3)    B  仮定
12 (4)   ~B  12前件肯定
123(5) B&~B  34&導入
1 3(6)~A     25背理法、
1  (7) B→~A  36条件法
(b)
1  (1) B→~A  仮定
 2 (2) B     仮定
  3(3)    A  仮定
12 (4)   ~A  12前件肯定
123(5) A&~A  34&導入
1 3(6)~B     25背理法
1  (7) A→~B  36条件法
従って、
(03)(04)により、
(05)
① 全ては知らない(A→~B)。
② 知ってゐるのは全てではない(B→~A)。
といふ「対偶(Contraposition)」に於いて、
①=② である。
然るに、
(06)
② 知ってゐるのは全てではない。
といふのであれば、例へば、
② 8割は知ってゐて、2割りは知らない。
といふ、ことになる。
然るに、
(07)
② 2割りを知らない。
といふことは、
② 全部を、知らない。のではなく、
② 一部を、知らない。ことになる。
従って、
(05)(06)(07)により、
(08)
① 全ては知らない(A→~B)。
② 知ってゐるのは全てではない(B→~A)。
といふ「対偶」に於いて、
①=② である。
といふことは、
① 全ては知らない。
といふ「日本語」が、「部分否定」である。
といふことを、意味してゐる。
従って、
(09)
① 私は、全て、知らない。
① 或る教師は、全ての生徒から、好かれない。
といふ「日本語」ではなく。
① 私は、全ては知らない。
① 或る教師は、全ての生徒からは好かれない。
といふ「日本語」が「部分否定」であることは、「必然」なのであって、「偶然」ではない。
然るに、
(10)
② 或る教師は、全ての生徒に、好かれてゐる。
③ 或る教師は、全ての生徒に、好かれてゐない。
といふ「日本語」は、
② ∃x{教師x& ∀y(生徒yx→ 好yx)}。
③ ∃x{教師x& ∀y(生徒yx→~好yx)}。
といふ「論理式」に、相当する。
然るに、
(11)
① 或る教師は、全ての生徒からは好かれない。
といふ「日本語」は、
① 或る教師は、全ての生徒から、好かれてゐる。といふわけではない。
といふ「意味」である。
然るに、
(12)
① 或る教師は、全ての生徒から、好かれてゐる。といふわけではない。
といふ「日本語」は、
① ∃x{教師x&~∀y(生徒yx→ 好yx)}。
といふ「論理式」に、相当する。
然るに、
(13)
① 或る教師は、全ての生徒から、好かれてゐる。といふわけではない。
といふ「日本語」は、
① ある教師がゐて、その教師を好きではない生徒がゐる。
といふ「意味」である。
然るに、
(14)
① ある教師がゐて、その教師を好きではない生徒がゐる。
といふ「日本語」は、
① ∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)}。
といふ「論理式」に、相当する。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
① ∃x{教師x&~∀y(生徒yx→ 好yx)}。といふ「論理式」は、
① ∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)}。といふ「論理式」に、等しい。
然るに、
(16)
(a)
1  (1)∃x{教師x&~∀y(生徒yx→ 好yx)} A
 2 (2)   教師a&~∀y(生徒ya→ 好ya)  A
 2 (3)       ~∀y(生徒ya→ 好ya)  2&E
  2 (4)       ∃y~(生徒ya→ 好ya)  3量化子の関係
  5(5)         ~(生徒ba→ 好ba)  A
  5(6)         ~(~生徒ba∨好ba)  5含意の定義
  5(7)         ~~生徒ba&~好ba   ド・モルガンの法則
  5(8)           生徒ba&~好ba   7DN
  5(9)        ∃y(生徒ya&~好ya)  8EI
 2 (ア)        ∃y(生徒ya&~好ya)  459EE
 2 (イ)   教師a                 2&E
 2 (ウ)   教師a& ∃y(生徒ya&~好ya)  アイ
 2 (エ)∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)} ウEI
1  (オ)∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)} 12エEE
(b)
1   (1)∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)} アEI
 2  (2)   教師a& ∃y(生徒ya&~好ya)  A
 2  (3)        ∃y(生徒ya&~好ya)  2&E
  4 (4)           生徒ba&~好ba   A
   5(5)        ∀y(生徒ya→ 好ya)  A
   5(6)           生徒ba→ 好ba   6EU
  4 (7)           生徒ba        4&E
  45(8)                 好ba   67MPP
  4 (9)                ~好ba   4&E
  45(ア)            好ba&~好ba   89&I
  4 (イ)       ~∀y(生徒ya→ 好ya)  5アRAA
 2  (ウ)   教師a                 2&E
 24 (エ)   教師a&~∀y(生徒ya→ 好ya)  イウ&I
 2  (オ)   教師a&~∀y(生徒ya→ 好ya)  34エEE
 2  (カ)∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)} オEI
1   (キ)∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)} 12カEE
従って、
(16)により、
(17)
① ∃x{教師x&~∀y(生徒yx→ 好yx)}。といふ「論理式」は、実際に、
① ∃x{教師x& ∃y(生徒yx&~好yx)}。といふ「論理式」に、等しい。
従って、
(10)~(17)により、
(18)
① 或る教師は、全ての生徒からは好かれない。
① 或る教師は、全ての生徒から、好かれている。といふわけではない。
① ある教師がいて、その教師を好きではない生徒がいる。
といふ「日本語」は、三つとも、「同じ意味」である。
従って、
(19)
次の「四つの日本語」の中で、「他の三つ」とは異なる「意味」を持つ「日本語」の番号を答えなさい。
① 或る教師は、全ての生徒から、好かれない。
② 或る教師は、全ての生徒からは好かれない。
③ 或る教師は、全ての生徒から、好かれている。といふわけではない。
④ ある教師がいて、その教師を好きではない生徒がいる。
といふ「問題」の「答へ」として、
① を選ぶことが出来ない、日本語学習者がゐるのであれば、その人は、「四つの日本語」を、読めては、ゐない。
然るに、
(20)
(6)Some botanists are eccentrics; some botanists do not like any eccentrics; therefore some botanists are not liked by all botanists.
125 ∃x(Fx&Gx),∃x(Fx&∀y(Gy→~Hxy))├ ∃x(Fx&~∀y(Fy→Hyx))
(E.J.Lemmon, Beginning Logic、2002年、第10版、P134)
(6)幾人かの植物学者は奇人である。幾人かの植物学者はいかなる奇人も好まない。故に幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
125 ∃x(植物学者x&奇人x),∃x(植物学者x&∀y(奇人y→~好xy))├ ∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx))
(E.J.レモン 著、竹尾治一郎・浅野楢英、論理学初歩、1973年、170・171頁改)
然るに、
(21)
私自身は、「すべての植物学者によっては好まれない。」といふ「日本語」と、「~∀y(植物学者y→好yx)」といふ「論理式」が無ければ、「are not liked by all botanists.」といふ「英語」が、「~∀y(植物学者y→好yx)」といふ「意味」であるのか、否かが、分からない。
(22)
といふわけで、「教えて!goo」に質問したところ、
Syntactic_Structures さん
曖昧ではあるが、「部分否定」解釈が非常に強く好まれ、実質的に「全部否定」解釈は排除される。 The Cambridge Grammar of English Language (p.796) から引用する。 [35] The proposal wasn't supported by all of the members. The normal reading here has wide scope negation ("not all"): instead of overriding the order to put _all_ outside the scope of negation o...
回答日時:2018-07-13 17:06:34 good!数:0
との、ことである。
従って、
(17)~(22)により、
(23)
① ∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx))。
② Some botanists are not liked by all botanists.
③ 幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
といふ「それ」は、三つとも、「部分否定」であって、「全部否定」ではない。
平成30年07月14日、毛利太。

「述語論理」の「部分否定」。

(01)
(6)Some botanists are eccentrics; some botanists do not like any eccentrics; therefore some botanists are not liked by all botanists.
(E.J.Lemmon, Beginning Logic、2002年、第10版、P134)
(6)幾人かの植物学者は奇人である。幾人かの植物学者はいかなる奇人も好まない。故に幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
(E.J.レモン 著、竹尾治一郎・浅野楢英、論理学初歩、1973年、170・171頁)
(02)
125 ∃x(植物学者x&奇人x),∃x(植物学者x&∀y(奇人y→~好xy))├ ∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx))
1    (1) ∃x(植物学者x&奇人x)           A
 2   (2)    植物学者a&奇人a            A
 2   (3)    植物学者a                2&E
 2   (4)          奇人a            2&E
  5  (5) ∃x(植物学者x&∀y(奇人y→~好xy))  A
   6 (6)    植物学者b&∀y(奇人y→~好by)   A
   6 (7)    植物学者b&  (奇人a→~好ba)   6UE
   6 (8)    植物学者b                7&E
   6 (9)             奇人a→~好ba    7&E
 2 6 (ア)                 ~好ba    49MPP
    イ(イ)          ∀y(植物学者y→好ya)  A
    イ(ウ)             植物学者b→好ba   イUE
   6イ(エ)                   好ba   8ウMPP
 2 6イ(オ)              ~好ba&好ba   アエ&I
 2 6 (カ)         ~∀y(植物学者y→好ya)  イオRAA
 2 6 (キ)   植物学者a&~∀y(植物学者y→好ya)  3カ&I
 2 6 (ク)∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx)) キEI
1  6 (ケ)∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx)) 12クEE
1 5  (サ)∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx)) 56ケEE
(E.J.レモン 著、竹尾治一郎・浅野楢英、論理学初歩、1973年、171頁改)
従って、
(01)(02)により、
(03)
① some botanists are not liked by all botanists.
② 幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
③ ∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx))。
に於いて、
①=②=③ である。
従って、
(03)により、
(04)
        ① are not liked by all botanists.
               ② すべての植物学者によっては好まれない。
               ③ ~∀y(植物学者y→ 好yx))。
               に於いて、
               ①=②=③ である。
然るに、
(05)
(a)
1  (1)~~∀y( 植物学者y→~好yx)  A
1  (2)  ∀y( 植物学者y→~好yx)  A
1  (3)      植物学者b→~好bx   2UE
1  (4)     ~植物学者b∨~好bx   3含意の定義
1  (5)    ~(植物学者b& 好bx)  4・ドモルガンの法則
 6 (6)   ∃y(植物学者y& 好yx)  A
  7(7)      植物学者b& 好bx   A
1 7(8)    ~(植物学者b& 好bx)&
           (植物学者b& 好bx)  57&I
16 (9)    ~(植物学者b& 好bx)&
           (植物学者b& 好bx)  678EE
1  (ア)  ~∃y(植物学者y& 好yx)  69RAA  
(b)
1  (1)  ~∃y(植物学者y& 好yx)  A
 2 (2)      植物学者b& 好bx   A
 2 (3)   ∃y(植物学者b& 好bx)  2EI
12 (4)  ~∃y(植物学者y& 好yx)&
         ∃y(植物学者y& 好yx)  13&I
1  (5)    ~(植物学者b& 好bx)  24RAA
1  (6)  ∀y~(植物学者y& 好yx)  5UI
1  (7)  ∀y(~植物学者y∨~好yx)  6ド・モルガンの法則
1  (8)  ∀y( 植物学者y→~好yx)  7含意の定義
1  (9)~~∀y( 植物学者y→~好yx)  8DN
従って、
(05)により、
(06)
        ① are not liked by all botanists.
               ② すべての植物学者によっては好まれない。
               ③ ~∀y(植物学者y→ 好yx))。
               に於いて、
               ①=②=③ であって、尚且つ、
            ③ の「否定」は、
            ④ ~∃y(植物学者y& 好yx)。
            ⑤ ∀y( 植物学者y→~好yx)。
            である。
然るに、
(07)
        ④ ~∃y(植物学者y& 好yx)=xを好む植物学者yは、存在しない。
        ⑤ ∀y( 植物学者y→~好yx)=すべての植物学者yは、xを好まない。
               といふ「否定」は、「部分否定」ではなく、「全部否定」である。
従って、
(03)~(07)により、
(08)
① some botanists are not liked by all botanists.
② 幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
③ ∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx))。
に於いて、
①=②=③ であって、尚且つ、
③ の「否定」である、
④ ∃x(植物学者x&~∃y(植物学者y&好yx))。
⑤ ∃x(植物学者x&  ∀y(植物学者y→好yx))
は、「全部否定」である。
従って、
(08)により、
(09)
① some botanists are not liked by all botanists.
② 幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
③ ∃x(植物学者x&~∀y(植物学者y→好yx))。
に於いて、
①=②=③ であって、尚且つ、
これらは全て、「部分否定」である。
然るに、
(10)
「論理式」の場合、
③ ~∀y(植物学者y→好yx)。
といふ「それ」を「順番」に読むと、
③ Not every 植物学者 liles x.
となって、
③ Not every 植物学者 liles x.
は、「部分否定」である。
(11)
「日本語」の場合、
② 幾人かの植物学者はすべての植物学者によって、好まれない。
ではなく、
② 幾人かの植物学者はすべての植物学者によっては好まれない。
であるならば、確かに、「部分否定」である。
然るに、
(12)
③ Some botanists are not liked by all botanists.
を「グーグル翻訳」に掛けると、
④ 一部の植物学者はすべての植物学者に好まれていない。
といふ風、「機械翻訳」が、出力される。
然るに、
(13)
② すべての植物学者によっては好まれない。
といふ「日本語」とは異なり、
④ すべての植物学者に好まれていない。
といふ「日本語」は、「全部否定」である。
従って、
(09)~(13)により、
(14)
③ Some botanists are not liked by all botanists.⇒
④ 一部の植物学者はすべての植物学者に好まれていない。
といふ「機械翻訳」による、「全部否定」は、「誤訳」であるに、違ひない。
平成30年07月12日、毛利太。

象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。

(01)
① 象は動物である。然るに、花子は象である。故に、花子は動物である。
② 花子は象である。然るに、象は鼻は長い。 故に、花子といふ鼻の長い象がゐる。
③ 花子は象であり、花子の耳は鼻ではない。 然るに、象は鼻が長い。故に、花子は鼻が長く、耳は長くない。
といふ「推論」は、三つとも「正しい」。
然るに、
(02)
日常言語の文から述語計算の文への翻訳のためには、一般にあたまが柔軟なことが必要である。なんら確定的な規則があるわけではなく、量記号に十分に馴れるまでは、練習を積むことが必要である(E.J.レモン 著、竹尾治一郎・浅野楢英、1973年、130頁)。Flexibility of mind is generally required for translating from ordinary speech into sentences of the predicate calculs. No firm rules can be given, and practice is needed before full familiarity with quantifires is reached(E.J.Lemmon, Beginning Logic).
然るに、
(03)
1  (1)∀x{象x→ 動物x} A
1  (2)   象a→ 動物a  1UE
 2 (3)∃x(花子x& 象x) A
  3(4)   花子a& 象a  A
  3(5)        象a  4&E
1 3(6)       動物a  25MPP
  3(7)   花子a      4&E
1 3(8)   花子a&動物a  56&E
1 3(9)∃x(花子x&動物x) 8EI
12 (ア)∃x(花子x&動物x) 23EE
(04)
1   (1)  ∃x(花子x&象x)        A
 2  (2)     花子a&象a         A
  3 (3)  ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)} A
  3 (4)     象a→∃y(鼻ya&長y)  3UE
 2  (5)     象a             2&E
 23 (6)        ∃y(鼻ya&長y)  45MPP
   7(7)           鼻ba&長b   A
 2  (8)     花子a            2&E
 2 7(9)     花子a&鼻ba&長b     78&I
 2 7(ア)     花子a&鼻ba&長b&象a  59&I
 2 7(イ)  ∃y{花子a&鼻ya&長y&象a} アEI
 23 (ウ)  ∃y{花子a&鼻ya&長y&象a} 67イEE
 23 (エ)∃x∃y{花子x&鼻yx&長y&象x} ウEI
1 3 (オ)∃x∃y{花子x&鼻yx&長y&象x} 12エEE
(05)
1    (1)∃x{花子x&象x&∃z(耳zx&~鼻zx)}        A
 2   (2)   花子a&象a&∃z(耳za&~鼻za)         A
  3  (3)   花子a&象a&   耳ca&~鼻ca          A  
   4 (4)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)} A   
   4 (5)   象a→∃y(鼻ya&長y)&∀z(~鼻za→~長z)  4UE
  3  (6)   象a                          3&E
  34 (7)      ∃y(鼻ya&長y)&∀z(~鼻za→~長z)  56MPP
  34 (8)      ∃y(鼻ya&長y)               7&E
    9(9)         鼻ba&長b                A
  34 (ア)                 ∀z(~鼻za→~長z)  7&E
  34 (イ)                    ~鼻ca→~長c   アUE
  3  (ウ)                    ~鼻ca       3&E
  34 (エ)                         ~長c   イウMPP
  3  (オ)   花子a                         3&E
  3 9(カ)   花子a&鼻ba&長b                  9オ&I
  3  (キ)             耳ca               3&E
  3 9(ク)   花子a&鼻ba&長b&耳ca              カキ&I
  349(ケ)   花子a&鼻ba&長b&耳ca&~長c          エク&I
  349(コ)∃z(花子a&鼻ba&長b&耳za&~長z)         ケEI
  349(サ)∃y∃z(花子a&鼻ya&長y&耳za&~長z)       コEI
  349(シ)∃x∃y∃z(花子x&鼻yx&長y&耳zx&~長z)     サEI
  34 (ス)∃x∃y∃z(花子x&鼻yx&長y&耳zx&~長z)     89シEE
 2 4 (セ)∃x∃y∃z(花子x&鼻yx&長y&耳zx&~長z)     23スEE
1  4 (ソ)∃x∃y∃z(花子x&鼻yx&長y&耳zx&~長z)     12セEE
従って、
(01)~(05)により、
(06)
① 象は動物である。然るに、花子は象である。故に、花子は動物である。
② 花子は象である。然るに、象は鼻は長い。 故に、花子といふ鼻の長い象がゐる。
③ 花子は象であり、花子の耳は鼻ではない。 然るに、象は鼻が長い。故に、花子は鼻が長く、耳は長くない。
といふ「推論」は、すなはち、
① ∀x{象x→動物x},∃x(花子x&象x)├ ∃x(花子
② ∃x(花子x&象x),∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}├ ∃x∃y{花子x&鼻yx&長y&象x}
③ ∃x{花子x&象x&∃z(耳zx&~鼻zx)},∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}├ ∃x∃y∃z(花子x&鼻yx&長y&耳zx&~長z)
といふ「推論」は、三つとも「正しい」。
従って、
(06)により、
(07)
① 象は動物である=∀x{象x→動物x}。
② 象は鼻は長い =∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
③ 象は鼻が長い =∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
といふ「等式」が、成立する。
然るに、
(08)
それでは、狭義の述語論理において究極的な主語となるものは何であろうか。それは「人間」というような一般的なものではない。また「ソクラテス」も述語になりうるし、「これ」すらも「これとは何か」という問に対して「部屋の隅にある机がこれです」ということができる。そこで私たちは主語を示す変項x、yを文字通りに解釈して、「或るもの」(英語で表現するならば something)とか、「他の或るもの」というような不定代名詞にあたるものを最も基本的な主語とする(沢田充茂、現代論理学入門、1962年、118頁)。
従って、
(07)(08)により、
(09)
① 象は動物である=∀x{象x→動物x}。
② 象は鼻は長い =∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
③ 象は鼻が長い =∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
に於いて、
① の「主語」も「x」であって、
② の「主語」は「x、y」であって、
③ の「主語」は「x、y、z」である。
然るに、
(10)
① 象は動物である=∀x{象x→動物x}。
に於いて、
① 象は   =主辞
① 動物である=賓辞
である。
然るに、
(11)
「象は鼻が長い」はどれが主辞かわからないから、このままでは非論理的な構造の文である、という人がもしあった(沢田『入門』二九ペ)とすれば、その人は旧『論理学』を知らない人であろう。これはこのままで、
① 象は 動物である。
と、同じく、
象は 鼻が長い
  主辞  賓 辞
とはっきりしている。つまり日本語として簡単明瞭である。意味も、主辞賓辞の関係も小学生にわかるはずの文である(三上章、日本語の論理、1963年、13頁改)。
従って、
(10)(11)により、
(12)
② 象は鼻は長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
に於いて、
② 象は  =主辞
② 鼻は長い=賓辞
である。
然るに、
(10)により、
(13)
② 鼻は長い=∃y(鼻yx&長y)。
に於いて、
② 鼻は=主辞
② 長い=賓辞
である。
従って、
(12)(13)により、
(14)
② 象は鼻は長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
に於いて、
② 象は  =主辞
② 鼻は長い=賓辞
であって、
② 鼻は長い=∃y(鼻yx&長y)。
に於いて、
② 鼻は=主辞
② 長い=賓辞
である。
従って、
(14)により、
(15)
② 象は鼻は長い=
② 主辞+賓辞(主辞+賓辞)。
である。
然るに、
(16)
しゅ じ [1] 【主辞】
「主語」に同じ。
ひん じ [1] 【賓辞】
〘論〙 〔predicate〕 ⇒ 述語じゅつご
(weblio辞書)
従って、
(15)(16)により、
(17)
② 象は鼻は長い=
② 主語+述語(主語+述語)=
② ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
である。
従って、
(17)により、
(18)
② 象は鼻は長い=
② 主語+述語(主語+述語)。
といふ「日本語」は、「二重主語」であって、
② 主語+述語(主語+述語)=
② ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
といふ「述語論理」も、「二重主語」である。
従って、
(19)
「日本語の特徴の1つ」として、  「二重主語構文がある。」といふのではなく、
「日本語と述語論理の特徴」として、「二重主語構文がある。」といふことになる。

三上先生、日本語にも「主語」は有ります。

(01)
① ソクラテスは人間である。
といふことは、すなはち、
① ソクラテスといふ人間がゐる。
といふ、ことである。
然るに、
(02)
伝統的な論理学では、「である」を主語と述語を結びつける語と解釈すると共に、それが存在を現わす「がある」の意味も同時にもっているところから、「である」も「がある」も共に、より根本的な存在の二つのあり方であると、解釈する。
(沢田充茂、現代論理学入門、1962年、114頁)
従って、
(03)
① ソクラテスは人間である。⇔
① ソクラテスといふ人間がゐる。
といふ「解釈」は、「伝統的な論理学」による「解釈」である。
然るに、
(04)
① ソクラテスといふ人間がゐる。
といふことは、
① ソクラテスといふ何者か(x)がゐて、その何者か(x)が人間である。
といふことである。
然るに、
(05)
① ∃x(ソクラテスx&人間x)
といふ「述語論理」は、
有るxはソクラテスであって、そのxは人間である。
といふ、「意味」である。
cf.
或[二]① 有る。② あるいは。③ あるひと。
(角川 新字源 改定版、365頁)
従って、
(01)~(05)により、
(06)
① ソクラテスは人間である。
といふ「日本語」は、
① ∃x(ソクラテスx&人間x)。
といふ「述語論理」に相当する。
然るに、
(07)
「日本語の名詞と人称代名詞は、働き方が全く同じ」である。
(金谷武洋、日本語文法の謎を解く、2003年、38頁)
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 私は理事長です。
といふ「日本語」は、
① ∃x(私x&理事長x)。
といふ「述語論理」に相当し、
① ∃x(私x&理事長x)。
といふ「述語論理」は、
① 或るxは私であって、そのxは理事長である。
といふ「意味」である。
(09)
① ∃x(私x&理事長x)。
② ∃x{私x&理事長x&∀y[ (理事長y)→ (x=y)]}。
③ ∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
④ ∃x{私x&理事長x&~∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
⑤ ∃x{私x&理事長x& ∃y[~(y=x)& (理事長y)]}。
といふ「述語論理」は、それぞれ、
① 或るxは私であって、そのxは理事長である。
② 或るxは私であって、そのxは理事長であって、すべてのyについて、 yが理事長であるならば、yは、xと同一人物である。
③ 或るxは私であって、そのxは理事長であって、いかなるyであっても、yがxと同一人物でないならば、yは理事長ではない。
④ 或るxは私であって、そのxは理事長であるが、いかなるyであっても、yがxと同一人物でないならば、yは理事長ではない。といふわけではない。
⑤ 或るxは私であって、そのxは理事長であって、或るyはxとは別人であって、yもまた、理事長である。
といふ「意味」である。
然るに、
(10)
(a)
1   (1)∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→(y=x)]}   A
 2  (2)   私a&理事長a&∀y[(理事長y)→(y=a)]    A
 2  (3)   私a&理事長a                     2&E
 2  (4)           ∀y[(理事長y)→(y=a)]    2&E
 2  (5)               理事長b →(b=a)        4UE
  6 (6)                    ~(b=a)     A
   7(7)               理事長b            A
 2 7(8)                     (b=a)     57MPP
 267(9)              ~(b=a)&(b=a)     68&I
 26 (ア)              ~(理事長b)          79RAA
 2  (イ)              ~(b=a)→~(理事長b)   6アCP
 2  (ウ)           ∀y[~(y=a)→~(理事長y)]  イUI
 2  (エ)   私a&理事長a&∀y[~(y=a)→~(理事長y)]  3ウ&I
 2  (オ)∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]} エEI
1   (カ)∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]} 12オEE
(b)
1   (1)∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]} A
 2  (2)   私a&理事長a&∀y[~(y=a)→~(理事長y)]  A
 2  (3)   私a&理事長a                     2&E
 2  (4)           ∀y[~(y=a)→~(理事長y)]  2&E
 2  (5)              ~(b=a)→~(理事長b)   4UE
   6 (6)                      (理事長b)   A
   7(7)              ~(b=a)           A
 2 7(8)                     ~(理事長b)   57MPP
 268(9)              (理事長b)&~(理事長b)   68&I
 26 (ア)             ~~(b=a)           8アRAA
 26 (イ)               (b=a)           アDN
 2  (ウ)              (理事長b)→(b=a)     6イCP
 2  (エ)           ∀y[(理事長y)→(y=a)     ウUI
1   (オ)           ∀y[(理事長y)→(y=a)     12エEE
12  (カ)   私a&理事長a&∀y[(理事長y)→ ( y=a )]  3オ&I
12  (キ)∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→ ( y=x )]} カEI
1   (ク)∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→ ( y=x )]} 12キEE
cf.
1   (1)∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→(y=x)]}   A
1   (1)∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]} A
に於いて、
                          ∀y[(理事長y)→(x=y)]
                   ∀y[~(y=x)→~(理事長y)]
は「対偶(Contraposition)」である。
(11)
(a) 
1   (1)∃x{私x&理事長x&~∀y[~(y=x)→ ~(理事長y)]} A
 2  (2)   私a&理事長a&~∀y[~(y=a)→ ~(理事長y)]  A
 2  (3)   私a&理事長a                       2&E
 2  (4)           ~∀y[~(y=a)→ ~(理事長y)]  2&E
 2  (5)             ~[~(b=a)→ ~(理事長b)]  4UE
 2  (6)            ~[~~(b=a)∨ ~(理事長b)]  5含意の定義
 2  (7)              ~[(b=a)∨ ~(理事長b)]  6DN
 2  (8)              [~(b=a)&~~(理事長b)]  7ド・モルガンの法則
 2  (9)              [~(b=a)&  (理事長b)]  8DN
 2  (ア)            ∃y[~(y=a)&  (理事長y)]  9EI
 2  (イ)    私a&理事長a& ∃y[~(y=a)&  (理事長y)]  3ア&I
 2  (ウ)∃x{私x&理事長x& ∃y[~(y=x)&  (理事長y)]} イEI
1   (エ)∃x{私x&理事長x& ∃y[~(y=x)&  (理事長y)]} 12ウEE
(b)
1   (1)∃x{私x&理事長x& ∃y[~(y=x)&  (理事長y)]} A
 2  (2)   私a&理事長a& ∃y[~(y=a)&  (理事長y)]  A
 2  (3)   私a&理事長a                       2&E
 2  (4)            ∃y[~(y=a)&  (理事長y)]  2&E
  5 (5)              [~(b=a)&  (理事長b)]  A
  5 (6)            ~~[~(b=a)&  (理事長b)]  5DN
  5 (7)            ~[~~(b=a)∨ ~(理事長b)]  6ド・モルガンの法則
  5 (8)             ~[~(b=a)→ ~(理事長b)]  7含意の定義
   9(9)            ∀y[~(y=a)→ ~(理事長y)]  A
   9(ア)              [~(b=a)→ ~(理事長b)]  9UE
  59(イ)             ~[~(b=a)→ ~(理事長b)]&
                     [~(b=a)→ ~(理事長b)]  8ア&I
  5 (エ)           ~∀y[~(y=a)→ ~(理事長y)]  9イRAA
 2  (オ)           ~∀y[~(y=a)→ ~(理事長y)]  45EE
 2  (カ)   私a&理事長a&~∀y[~(y=a)→ ~(理事長y)]  3オ&I
 2  (キ)∃x{私x&理事長x&~∀y[~(y=x)→ ~(理事長y)]} カEI
1   (ク)∃x{私x&理事長x&~∀y[~(y=x)→ ~(理事長y)]} 12キEE
従って、
(10)(11)により、
(12)
② ∃x{私x&理事長x& ∀y[ (理事長y)→ (x=y)]}。
③ ∃x{私x&理事長x& ∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
④ ∃x{私x&理事長x&~∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
⑤ ∃x{私x&理事長x& ∃y[~(y=x)& (理事長y)]}。
に於いて、
②=③ であって、
③=④ ではなく、
④=⑤ である。
従って、
(09)(12)により、
(13)
① 或るxは私であって、そのxは理事長である。
② 或るxは私であって、そのxは理事長であって、すべてのyについて、 yが理事長であるならば、yは、xと同一人物である。
③ 或るxは私であって、そのxは理事長であって、いかなるyであっても、yがxと同一人物でないならば、yは理事長ではない。
④ 或るxは私であって、そのxは理事長であるが、いかなるyであっても、yがxと同一人物でないならば、yは理事長ではない。といふわけではない。
⑤ 或るxは私であって、そのxは理事長であって、或るyはxとは別人であって、yもまた、理事長である。
といふ「日本語」は、要するに、
① 私は理事長です。
② 私は理事長であって、理事長は私です。
③ 私は理事長であって、私以外は理事長ではありません。
④ 私は理事長ですが、 理事長は私ですとは、言へません。
⑤ 私は理事長ですが、 私以外にも、理事長はゐます。
といふ「意味」である。
従って、
(09)(13)により、
(14)
① 私は理事長です。
② 私は理事長であって、理事長は私です。
③ 私は理事長であって、私以外は理事長ではありません。
④ 私は理事長ですが、 理事長は私ですとは、言へません。
⑤ 私は理事長ですが、 私以外にも、理事長はゐます。
といふ「日本語」は、
① ∃x(私x&理事長x)。
② ∃x{私x&理事長x& ∀y[ (理事長y)→ (x=y)]}。
③ ∃x{私x&理事長x& ∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
④ ∃x{私x&理事長x&~∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
⑤ ∃x{私x&理事長x& ∃y[~(y=x)& (理事長y)]}。
といふ「述語論理」に相当する。
然るに、
(15)
② 理事長は私です。
といふのであれば、
② 私は理事長である。
従って、
(12)(14)(15)により、
(16)
② 理事長は私です。
といふ「日本語」、すなはち、
② 私は理事長であって、理事長は私です。
といふ「日本語」は、
②=③ であるところの、
② ∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→(x=y)]}。
③ ∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
といふ「述語論理」に、相当する。
然るに、
(17)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
 理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
 タゴール記念館は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念館」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(16)(17)により、
(18)
③ 私が理事長です。
といふ「日本語」は、
②=③ であるところの、
② ∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→(x=y)]}。
③ ∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
といふ「述語論理」に、相当する。
従って、
(08)(18)により、
(19)
① 私は理事長です。
② 理事長は私です。
③ 私が理事長です。
といふ「日本語」は、
① ∃x(私x&理事長x)。
② ∃x{私x&理事長x&∀y[(理事長y)→(x=y)]}。
③ ∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}。
といふ「述語論理」に、相当する。
然るに、
(20)
それでは、狭義の述語論理において究極的な主語となるものは何であろうか。それは「人間」というような一般的なものではない。また「ソクラテス」も述語になりうるし、「これ」すらも「これとは何か」という問に対して「部屋の隅にある机がこれです」ということができる。
そこで私たちは主語を示す変項x、yを文字通りに解釈して、「或るもの」(英語で表現するならば something)とか、「他の或るもの」というような不定代名詞にあたるものを最も基本的な主語とする。そこで「ソクラテスは人間である」といふ一つの文は、
 (xはソクラテスである)(xは人間である)
という、もっとも基本的な 主語-述語 からなる二つの文の特定の組み合わせと考えることができる。すなわち、
 SはPである。
という一般的な 主語-述語文は、
 Fx Gx
という二つの文で構成されていると考える。そしてこの場合、Fx はもとの文の主語に対応し、Gx は述語に対応していることがわかる。
(沢田充茂、現代論理学入門、1962年、118・119頁)
従って、
(19)(20)により、
(21)
① 私は理事長です。
という一般的な 主語-述語文は、
① ∃x(私x&理事長x)。
という二つの文で構成されていると考える。そしてこの場合、私x はもとの文の主語に対応し、理事長x は述語に対応していることがわかる。
従って、
(19)(21)により、
(22)
少なくとも、
① 私は理事長です。
② 理事長は私です。
③ 私が理事長です。
といふ「日本語」には、「述語論理」で言ふところの、「主語」が有ることになる。
然るに、
(23)
⑥ この世の人は、男は、女にあふことをする(世の中の男の人は、女と結婚をする:竹取物語)。
のやうな場合に、
⑥ 男は     が、「主語」で、
⑥ 女と結婚する。が、「述語」であるとすると、
⑥ この世の人は は、「主語」ではないのか、といふことになる。
従って、
(24)
日本語の「主語」と、英語のやうな「西洋語の主語」が、「全く同じ」である。
といふ風に、言ふつもりはない。
然るに、
(25)
① ソクラテスは人間である(Socrates is a human being)。
⑦ 中将はいづこよりものしつるぞ(Where did 中将 come from?:源氏物語)。
に於ける、
① ソクラテスは は、「西洋語」で言ふ所の「主語」であって、
⑦ 中将は    も、「西洋語」で言ふ所の「主語」である、はずである。
従って、
(24)(25)により、
(26)
私自身は、三上章先生が言ふやうに、「日本語に主語はない」といふ風には、思はない。
平成30年07月05日、毛利太。

「対偶」と「等値」と、「は(∈)」と「が(=)」について。

(01)
1  (1)  A→ B  仮定
 2 (2)  A&~B  仮定
 2 (3)  A     2&E
 2 (4)    ~B  2&E
12 (5)     B  12前件肯定
12 (6) ~B& B  45&導入
1  (7)~(A&~B) 26背理法
(02)
1  (1)~(A&~B) 仮定
 2 (2)  A     仮定
  3(3)    ~B  仮定
 23(4)  A&~B  23&導入
123(5)~(A&~B)&
       (A&~B) 14&導入
12 (6)   ~~B  35背理法
12 (7)     B  6二重否定
1  (8)  A→ B  27条件法
従って、
(01)(02)により、
(03)
① AであるならばBである。
② AであってBでない。といふことはない。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(04)
② AであってBでない。
③ BでなくてAである。
に於いて、
②=③ である。
cf.
交換法則(Commutative property)
従って、
(03)(04)により、
(05)
② AであってBでない。といふことはない。
③ BでなくてAである。といふことはない。
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(06)
1  (1)~(~B& A) 仮定
 2 (2)  ~B     仮定
  3(3)      A  仮定
 23(4)  ~B& A)&
       (~B& A) 14&導入
12 (6)     ~A  35背理法
1  (7)  ~B→~A  26条件法
(07)
1  (1)  ~B→~A  仮定
 2 (2)  ~B& A  仮定
 2 (3)  ~B     2&除去
 2 (4)      A  2&除去
12 (5)     ~A  13前件肯定
12 (6)   A&~A  45&導入
1  (7)~(~B& A) 26背理法
従って、
(06)(07)により、
(08)
③ BでなくてAである。といふことはない。
④ BでないならばAでない。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(03)(08)により、
(09)
① AであるならばBである。
② AであってBでない。といふことはない。
③ BでなくてAである。といふことはない。
④ BでないならばAでない。
に於いて、
①=②=③=④ である。
従って、
(09)により、
(10)
① AであるならばBである。
④ BでないならばAでない。
に於いて、
①=④ である。
従って、
(10)により、
(11)
「対偶(Contraposition)」は「等しい」。
cf.
1  (1) A→ B 仮定
 2 (2)   ~B 仮定
  3(3) A    仮定
1 3(4)    B 13前件肯定
123(5)~B& B 24&導入
12 (6)~A    35背理法
1  (7)~B→~A 26条件法
然るに、
(12)
⑤      ( B→ A)
⑥      (~A→~B)
は、「対偶」である。
従って、
(11)(12)により、
(13)
⑤(A→B)&( B→ A)
⑥(A→B)&(~A→~B)
に於いて、
⑤=⑥ である。
従って、
(13)により、
(14)
⑤ AならばBであって、BならばAである。
⑥ AならばBであって、AでないならばBでない。
に於いて、
⑤=⑥ である。
然るに、
(15)
⑤ AならばBであって、BならばAである。
⑥ AならばBであって、AでないならばBでない。
であるならば、そのときに限って、
⑤ A=B
⑥ B=A
である。
従って、
(16)
⑤ AはBであって、BはAである。
⑥ AはBであって、A以外はBでない。
であるならば、そのときに限って、
⑤ A=B
⑥ B=A
である。
従って、
(16)により、
(17)
⑤ 東京都は日本の首都であって、日本の首都は東京都である。
⑥ 東京都は日本の首都であって、東京都以外は日本の首都でない。
であるならば、そのときに限って、
⑤ 東京都=日本の首都
⑥ 日本の首都=東京都
然るに、
(18)
⑥ 東京都は日本の首都であって、東京以外は日本の首都でない。
といふことは、
⑦ 東京都が日本の首都である。
といふことである。
然るに、
(19)
⑤ 東京都は日本の首都であって、日本の首都は東京である。
⑥ 東京都は日本の首都であって、東京以外は日本の首都でない。
⑦ 東京都が日本の首都である。
といふのであれば、
⑧ 東京都は日本の首都である。
従って、
(17)(18)(19)により、
(20)
(1)東京都=日本の首都      は「真(本当)」である。
(2)東京都は日本の首都である。  は「真(本当)」である。
(3)東京都が日本の首都である。  は「真(本当)」である。
(4)日本の首都は東京都である。  は「真(本当)」である。
(5)東京都以外は日本の首都でない。は「真(本当)」である。
然るに、
(21)
(6)小笠原=東京都      は「偽(ウソ)」である。
(7)小笠原は東京都である。  は「真(本当)」である。
(8)小笠原が東京都である。  は「偽(ウソ)」である。
(9)東京都は小笠原である。  は「偽(ウソ)」である。
(A)小笠原以外は東京都でない。は「偽(ウソ)」である。
然るに、
(22)
(2)東京都は日本の首都である。
といふ「日本語」は、
(2)東京都は「唯一の日本の首都」である。
といふ「意味」である。
(23)
(7)小笠原は東京都である。
といふ「日本語」は、
(7)小笠原村は「東京都の、区市町村の一つ」である。
といふ「意味」である。
然るに、
(24)
新宿区、足立区、荒川区、板橋区、江戸川区、大田区、葛飾区、北区、江東区、品川区、渋谷区、杉並区、墨田区、世田谷区、台東区、中央区、千代田区、豊島区、中野区、練馬区、文京区、港区、目黒区、昭島市、あきる野市、稲城市、青梅市、清瀬市、国立市、小金井市、国分寺市、小平市、狛江市、立川市、多摩市、調布市、西東京市、八王子市、羽村市、東久留米市、東村山市、東大和市、日野市、府中市、福生市、町田市、三鷹市、武蔵野市、武蔵村山市、西多摩郡奥多摩町、西多摩郡日の出町、西多摩郡瑞穂町、大島町、八丈町、西多摩郡檜原村、利島村、新島村、神津島村、三宅村、御蔵島村、青ヶ島村、小笠原村。
従って、
(24)により、
(25)
「東京都の区市町村」は、「集合」である。
然るに、
(26)
ここで多少、記号についてのべますと、集合をいちいち{x│P(x)}のような形で表さないで、A={x│P(x)}と置いて、単に集合Aと表現します。
a∈A のとき「aはAの元である」とか「aはAの要素である」といいます。元もしくは要素は、elementの訳です。さらに「aはAに属する」と表現します。
(竹内外文、集合とは何か、2001年、22頁)
従って、
(20)~(27)により、
(26)
(2)東京都は日本の首都である。
(7)小笠原は東京都である。
といふ「日本語」は、
(2)東京都=日本の首都である。
(7)小笠原∈東京都である。
といふ風に、書くことが出来る。
然るに、
(27)
① 理事長は、一人であって、
② 理事 は、数人である。
従って、
(26)(27)により、
(28)
① 私は理事長です。
② 私は理事です。
といふ「日本語」は、
① 私=理事長。
② 私∈理事(集合)。
といふ風に、書くことが出来る。
然るに、
(29)
② 私∈理事(集合)。
ではなく、
① 私=理事長。
であるならば、必然的に、
① 理事長=私。
といふ風に、「逆も真」である。
である。
然るに、
(30)
① 私=理事長。
① 理事長=私。
といふ風に、「逆も真」である以上、
① 私は理事長です。
① 理事長は私です。
といふ風に、「逆も真」である。
然るに、
(31)
よく知られているように、「私が理事長です」は語順を変え、
 理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されのである。また、かりに大倉氏が、
 タゴール記念館は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念館」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(29)(30)(31)により、
(32)
② 私∈理事(集合)。
ではなく、
① 私=理事長。
であるならば、
① 私が理事長です。
であって、
① 私が理事長です。
であるならば、
① 理事長は私です。
といふ、ことになる。
従って、
(32)により、
(33)
② 私∈理事(集合)。
ではなく、
① 私=理事長。
である。といふことを、「確認」したい「気持ち」がある場合には、
② 私は理事長です。
とは、言はずに、
① 私が理事長です。
① 理事長は私です。
といふ風に、言ふことになる。
然るに、
(31)~(33)により、
(34)
三上章先生は、
① 私は理事長です。
といふ「日本語」が、
② 私∈理事長。
ではなく、
① 私=理事長。
であるといふことに、気付いてはゐない。
(35)
① 私は理事長です=
① ∃x{私x&理事長x&∀y[理事長y→(y=x)]}=
① ∃x{私x&理事長x&∀y[~(y=x)→~(理事長y)]}=
① 或るxは私であって、そのxは理事長であって、いかなるyであっても、yがxと同一人物でないならば、yは理事長ではない。
に於いて、
① いかなるyであっても、yがxと同一人物でないならば、yは理事長ではない。
といふことを、「強調」したい場合には、
① 私は理事長です。
とは言はずに、
① 私が理事長です。
といふ風に言ふ、ことになる。
(36)
③ 象は鼻は長い=
③ ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(長z→鼻zx)}=
③ ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}=
③ 全てのxについて、xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、全てのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。
に於いて、
③ 全てのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない。
といふことを、「確認」したい場合には、
③ 象は鼻は長い。
とは言はずに、
③ 象は鼻が長い。
といふ風に言ふ、ことになる。
平成30年06月28日、毛利太。
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写真は蛍雪時代(高三)。この頃に、漢文が好きになりました。

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