返り点に対する「括弧」の用法について提案

「論理式」としての「漢文」。

(01)
① 無親而不愛其子=
① 無[親而不〔愛(其子〕]。
に於いて、
① 無[ ]⇒[ ]無
① 不〔 〕⇒〔 〕不
① 愛( )⇒( )愛
といふ「移動」を行ふと、
① 無[親而不〔愛(其子)〕]⇒
① [親而〔(其子)愛〕不]無=
① [親にして〔(其の子を)愛せ〕不るは]無し=
① [親であって〔(自分の子供を)愛さ〕ない者は]ゐない。
然るに、
(02)
① 親であって、自分の子供を愛さない者はゐない。
② 全ての親は、自分の子供を愛す。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(03)
②「xが親である」ならば「或るyはxの子供である」。
といふことは、
②「全てのx」に於いて「正しい」。
然るに、
(04)
② ∀x[親(x)→∃y〔子(yx)&愛(xy)〕]。
に於いて、
② 親( )⇒( )親
② 子( )⇒( )子
② 愛( )⇒( )愛
といふ「移動」を行ふと、
② ∀x[親(x)→∃y〔子(yx)&愛(xy)〕]⇒
② ∀x[(x)親→∃y〔(yx)子&(xy)愛〕]=
② 全てのxに於いて[(xが)親ならば、或る〔(yはxの子であって)、尚且つ(xはyを)愛す〕]。
といふ「述語論理訓読」が、成立する。
従って、
(03)(04)により、
(05)
② ∀x[親(x)→∃y〔子(yx)&愛(xy)〕]。
といふ「論理式」は、要するに、
② 全ての親は、自分の子供を愛す。
といふことに、他ならない。
従って、
(01)(02)(05)により、
(06)
① 無[親而不〔愛(其子〕]。
② ∀x[親(x)→∃y〔子(yx)&愛(xy)〕]。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(07)
数年前、ある言語学教育関連の新聞の連載のコラムに、西洋文化研究者の発言が載せられていた。誰もが知る、孟浩然の『春眠』「春眠暁を覚えず・・・・・・」の引用から始まるそのコラムでは、なぜ高校の教科書にいまだに漢文訓読があるのかと疑問を呈し、「返り点」をたよりに「上がったり下がったりしながら、シラミつぶしに漢字にたどる」読み方はすでに時代遅れの代物であって、早くこうした状況から脱するべきだと主張する。「どこの国外国語母国語の語順読む国があろう」かと嘆く筆者は、かつては漢文訓読が中国の歴史や文学を学ぶ唯一の手段であり「必要から編み出された苦肉の知恵であった」かもしれないが、いまや中国語を日本にいても学べる時代であり「漢文訓読を卒業するとき」だと主張するのである(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、1頁)。
然るに、
(08)
「どこの国に外国語を母国語の語順で読む国があろう」かと嘆く西洋文化研究者の方であっても、
② ∀x[親(x)→∃y〔子(yx)&愛(xy)〕]。
といふ「論理式」を、
② 全てのxに於いて[(xが)親ならば、或る〔(yはxの子であって)、尚且つ(xはyを)愛す〕]。
といふ「語順」で、「日本語」として「読む」ことに関しては、「反対」はされない筈である。
従って、
(06)(08)により、
(09)
① 無親而不一レ其子
といふ「返り点の付いた、漢文」を、「論理式」とするならば、
① 無親而不愛其子=
① 無[親而不〔愛(其子)〕]⇒
① [親而〔(其子)愛〕不]無=
① [親にして〔(其の子を)愛せ〕不るは]無し=
① [親であって〔(自分の子供を)愛さ〕ない者は]ゐない。
といふ「語順」で、「日本語」として「読む」ことに関しても、一概には、「反対」されないものと、思はれる。
平成29年09月08日、毛利太。

「漢文」に「括弧」が無いならば、

(01)
① 無人 ⇔ 人、 なし。
② 不動 ⇔ 動か、ない。
に於いて、「左辺」の、
① 無人
② 不動
は、「漢文の語順」であって、
① 無人 ⇔ 人、 なし。
② 不動 ⇔ 動か、ない。
に於いて、「右辺」の、
① 人、 なし。
② 動か、ない。
は、「日本語の語順」である。
従って、
(01)により、
(02)
① 無# ⇔ #無
② 不# ⇔ #不
に於いて、「左辺」は、「漢文の順」であって、「右辺」は、「日本語の語順」である。
従って、
(03)
① 無(信)不(立)。
に於いて、
① 無( )⇒( )無
① 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
① 無(信)不(立)⇒
① (信)無(立)不=
① (信)無くんば(立た)ず=
① (人民に)信頼の心無ければ(国家は)成り立たない。
といふ「日本語の語順」が、成立し、
(04)
② 無〔信不(立)〕。
に於いて、
② 無〔 〕⇒〔 〕無
② 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
② 無〔信不(立)〕⇒
② 〔信(立)不〕無=
② 〔信にして(立た)不るは〕無し=
② (人民に)信頼する心が有って(国家が)成立しない。といふことはない。
といふ「日本語の語順」が、成立する。
従って、
(05)
③ 無(物)不(長)。
に於いて、
③ 無( )⇒( )無
③ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
③ 無(物)不(長)⇒
③ (物)無(長)不=
③ (物)無くんば(長ぜ)ず=
③ 物が無ければ、成長しない。
といふ「日本語」が、成立し、
(06)
④ 無〔物不(長)〕。
に於いて、
④ 無〔 〕⇒〔 〕無
④ 不( )⇒( )不
といふ「移動」を行ふと、
④ 無〔物不(長)〕⇒
④ 〔物(長)不〕無=
④ 〔物として(長ぜ)不るは〕無し=
④ (適切に育てれば)どんな物であっても成長する。
といふ「日本語の語順」が、成立する。
従って、
(03)~(07)により、
(07)
① 無信不立(論語、顔淵)。
③ 無物不長(孟子、告子上)。
といふ「漢文」は、それぞれ、
① 無(信)不(立)。
② 無〔信不(立)〕。
③ 無(物)不(長)。
④ 無〔物不(長)〕。
といふ「括弧」に従って、
① (信)無くんば(立た)ず。
② 〔信にして(立た)不るは〕無し。
③ (物)無くんば(長ぜ)ず。
④ 〔物として(長ぜ)不るは〕無し。
といふ、「訓読」が、「成立」する。
然るに、
(08)
③ 無(物)不(長)。
④ 無〔物不(長)〕。
であれば、これらは、
③ ~(物)→ ~(長)。
④ ~〔物& ~(長)〕。
といふ「論理式」に、「対応」する。
然るに、
(09)
1  (1)~〔物&~(長)〕             A
2  (2)    ~(長)              A
3  (3)  物                   A
23 (4)  物&~(長)              23&I
123(5)~〔物&~(長)〕&〔物&~(長)〕    14&I
12 (6)~(物)                  35RAA
1  (7)~(長)→ ~(物)            26CP
   (8)~〔物&~(長)〕→ ~(長)→ ~(物) 17CP
(10)
1 (1)~(長)→ ~(物)             A
2 (2)  物 & ~(長)             A
2 (3)      ~(長)             2&E
12(4)      ~(物)             13MPP
2 (5)  物                      2&E
12(6)  物&~(物)               45&I
1 (7)~〔物&~(長)〕               26RAA
  (8)~(長)→ ~(物)→ ~〔物&~(長)〕 17CP
従って、
(09)(10)により、
(11)
④ ~〔物& ~(長)〕。
といふ「論理式」は、
④ ~(長)→ ~(物)。
といふ「論理式」に、「対応」する。
従って、
(08)(09)(11)により、
(12)
③ 無(物)不(長)。
④ 無〔物不(長)〕。
といふ「漢文」は、
③ ~(物)→ ~(長)。
④ ~(長)→ ~(物)。
といふ「論理式」に「対応」する。
然るに、
(13)
③ ~(物)→ ~(長)。
④ ~(長)→ ~(物)。
に於いて、
③ は、④ の「逆」であり、
④ は、③ の「逆」である。
然るに、
(14)
「逆」は必ずしも、真ではない。
 The reverse is not necessarily true.
従って、
(13)(14)により、
(15)
③ ~(物)→ ~(長)。
④ ~(長)→ ~(物)。
に於いて、
③=④ ではない
従って、
(12)(15)により、
(16)
③ 無(物)不(長)。
④ 無〔物不(長)〕。
に於いて、
③=④ ではない
従って、
(07)(16)により、
(17)
③ 無物不長(孟子、告子上)。
に対する、
③ (物)無くんば(長ぜ)ず。
④ 〔物として(長ぜ)不るは〕無し。
といふ「二つの訓読」に於いて、
③=④ ではない
従って、
(07)(17)により、
(18)
① 無信不立(論語、顔淵)。
に対する、
① (信)無くんば(立た)ず。
② 〔信にして(立た)不るは〕無し。
といふ「二つの訓読」に於いて、、
①=② ではない
従って、
(17)(18)により、
(19)
このように、否定形のときは、その否定語どこまでかかっているかという「管到(スコープ)」をみきわねばならない(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、327頁改)。
といふ、ことになる。
然るに、
(20)
① 古より皆死有り、民信無くんば立たず(三省堂、明解古典シリーズ16、1973年、142頁)。
③ 故に苟しくも其の養ひを得れば、物として長ぜざるは無し(三省堂、明解古典シリーズ16、1973年、274頁改)。
従って、
(17)(18)(20)により、
(21)
① 無信不立(論語、顔淵)。
③ 無物不長(孟子、告子上)。
といふ「漢文」の「訓読」は、
② 〔信にして(立た)不るは〕無し。
③ (物)無くんば(長ぜ)ず。
ではなく
① (信)無くんば(立た)ず。
④ 〔物として(長ぜ)不るは〕無し。
である。
従って、
(07)(21)により、
(22)
① 無信不立(論語、顔淵)。
③ 無物不長(孟子、告子上)。
といふ「漢文」には、それぞれ、
① 無(信)不(立)。
④ 無〔物不(長)〕。
といふ「括弧」が、有ることになる。
然るに、
(23)
歴史も文化も価値観も違うのに、同じ「推論規則」を使うのは、そもそも人間の脳に先天的にインプット(ブレインストール)されているものだからに違いないでしょう、自然演繹は、そういう人類に共通の推論方法を、できるだけ操作しやすいように形式化したものということができます。私たちの「認識」そのもの、ということです(小島寛之、証明と論理に強くなる、2017年、139頁)。
(24)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)。
従って、
(11)(22)(23)(24)により、
(25)
① 無信不立(論語、顔淵)。
② 無物不長(孟子、告子上)。
といふ「漢文」の、「否定語(無・不)」の「管到(スコープ)」を表してゐるのは、「人類に共通の推論方法」の中で、用ゐられる所の、「括弧」でなければ、ならない。
従って、
(25)により、
(26)
① 無信不立。
② 無物不一レ長。
に於ける。
① レ レ
② 二 一レ
といふ「返り点」は、
① 無(信)不(立)。
② 無〔物不(長)〕。
に於ける、
①  ( ) ( )
②  〔  ( )〕
といふ「括弧」の、「代用」であると、すべきである。
従って、
(26)により、
(27)
① 無信不立(論語、顔淵)。
② 無物不長(孟子、告子上)。
といふ「漢文」に、
① 無(信)不(立)。
② 無〔物不(長)〕。
といふ「括弧」が、無いのであれば、
① 無信不立。
② 無物不一レ長。
といふ「返り点」も、無いことになる。
平成29年09月04日、毛利太。

「論理式」に付く「括弧・返り点」。

(01)
①  P→ Q
② ~Q→~P
といふ「論理式」は、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない
といふ「意味」である。
然るに、
(02)
① PであるならばQである。
といふ「言ひ方」は、
① Pである場合は、Qである場合に、「含まれる」。
といふ風に、「解する」ことが、出来る。
然るに、
(03)
① PであるならばQである。
② PはQに含まれる。
③ Q以にPは在る。
④ Q以にPは無い。
⑤ QだけがPである。
⑥ QでないならばPでない
(04)
⑥ QでないならばPでない
⑤ QだけがPである。
④ Q以にPは無い。
③ Q以にPは在る。
② PはQに含まれる。
① PであるならばQである。
従って、
(01)~(04)により、
(05)
①  P→ Q
② ~Q→~P
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない
に於いて。
①=② である。
然るに、
(06)
1  (1)P→Q           A
2  (2) ~Q           A
3  (3)P             A
13 (4)  Q           13MPP
123(5)~Q&Q          24&I
12 (6)~P            35RAA
1  (7)~Q→~P         26CP
   (8)(P→Q)→(~Q→~P) 17CP 
(07)
1  (1)~Q→~P         A
2  (2) P            A
3  (3)~Q            A
13 (4)~P            13MPP
123(5)~P&P          24&I
12 (6)~~Q           35RAA
12 (7)  Q           6DN
1  (8) P→Q          27CP
   (9)(~Q→~P)→(P→Q) 18CP
従って、
(06)(07)により、
(08)
「命題計算」の「結果」も、
①  P→ Q
② ~Q→~P
に於いて。
①=② である。
cf.
対偶(Contraposition)。
(09)
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
といふ「論理式」は、
③ PであってQでない。といふことはない
④ QでなくてPである。といふことはない
といふ「意味」である。
然るに、
(10)
③ PであってQでない。といふことはない
④ QでなくてPである。といふことはない
といふことは、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない
といふことに、他ならない。
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
に於いて、
①=②=③=④ である。
然るに、
(12)
1 (1) ~Q→~P           A
2 (2)  P&~Q           A
2 (3)    ~Q           2&E
12(4)    ~P           13MPP
2 (5)  P              2&E
12(6)  P&~P           45&I
1 (7)~(P&~Q)          26RAA
  (8)(~Q→~P)→ ~(P&~Q) 17CP
(13)
1  (1)~(P&~Q)         A
2  (2)    ~Q          A
3  (3)  P             A
23 (4)  P&~Q          23&I
123(5)~(P&~Q)&(P&~Q)  14&I
12 (6) ~P             35RAA
1  (7) ~Q→~P          26CP
   (8)~(P&~Q)→ ~Q→~P  17CP
従って、
(08)(12)(13)により、
(14)
「命題計算」の「結果」も、
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
に於いて、
①=②   であって、
  ②=③ である。
然るに、
(15)
1 (1)~(P&~Q)           A
2 (2) ~Q& P            A
2 (3)  P               2&E
2 (4)    ~Q           2&E
2 (5)  P&~Q            34&I
12(6)~(P&~Q)&(P&~Q)   15&I
1 (7)~(~Q&P)          26RAA
  (8)~(P&~Q)→ ~(~Q&P) 17CP
(16)
1 (1)~(~Q&P)          A
2 (2)  P&~Q           A
2 (3)  ~Q             2&E
2 (4)     P           2&E
2 (5)  ~Q&P           34&I
12(6)~(~Q&P)&(~Q&P)   15&I
1 (7)~(P&~Q)          26RR 
  (8)~(~Q&P)→ ~(P&~Q)  17CP
従って、
(14)(15)(16)により、
(17)
「命題計算」の「結果」も、
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
に於いて、
①=②     であって、
  ②=③   であって、
    ③=④ である。
然るに、
(18)
⑤ ~P∨ Q
⑥   Q∨~P
といふ「論理式」は、
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
といふ、「意味」である。
然るに、
(19)
⑤ Pである。ならば、
⑤ Pでない。でない
然るに、
(20)
⑤ Pでないか、Qである。
⑤ Pでない。でない
であるれば、
⑤ Qである。
従って、
(19)(20)により、
(21)
⑤ Pでないか、Qである。
⑤ Pである
であれば、
⑤ Qである。
然るに、
(22)
① PであるならばQである。
① Pである
であれば、
① Qである
従って、
(21)(22)により、
(23)
① PであるならばQである。
⑤ Pでないか、Qである。
に於いて、
①=⑤ である。
cf.
弱選言(両立的選言)。
従って、
(11)(17)(18)(23)により、
(24)
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
に於いて、
①=②=③=④=⑤ である。
然るに、
(25)
1  (1)P→ Q         A
2  (2)P&~Q         A
2  (3)P            2&E
2  (4)  ~Q         2&E
12 (5)Q            13MPP
12 (6)Q&~Q         45&I
1  (7)~P           36RAA
1  (8)~P∨Q         7VI
   (9)(P→Q)→(~P∨Q) 18CP
(26)
1  (1) ~P∨ Q         A
2  (2)  P&~Q         A
2  (3)  P            2&E
4  (4) ~P            A
24 (5)  P&~P         34&I
4  (6)~(P&~Q)        25RAA
2  (7) ~Q            2&E
8  (8)  Q            A
28 (9) ~Q&Q          78&I
8  (ア)~(P&~Q)        29RAA
1  (イ)~(P&~Q)        1468アVE
ウ  (ウ)  P            A
エ  (エ)    ~Q         A
ウエ (オ)  P&~Q         ウエ&I
1ウエ(カ)~(P&~Q)&(P&~Q) イオ
1ウ (キ)   ~~Q         エカRAA
1ウ (コ)     Q         キDN
1  (サ)        P→Q    ウコCP
   (シ)(~P∨Q)→(P→Q)   1サCP
従って、
(25)(26)により、
(27)
①   P→Q
⑤ ~P∨Q
に於いて、
①=⑤ である。
従って、
(17)(27)により、
(28)
「命題計算」の「結果」も、
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
に於いて、
①=②       であって、
  ②=③     であって、
    ③=④   であって、尚且つ、
      ①=⑤ である。
然るに、
(29)
例へば、
⑤ 男性でないか、日本人である。
⑥ 日本人であるか、男性でない。
に於いて、
⑤=⑥ である。
従って、
(29)により、
(30)
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
に於いて、
⑤=⑥ である。
従って、
(24)(30)により、
(31)
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
⑥   Q∨~P
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
に於いて、
①=②=③=④=⑤=⑥ である。
然るに、
(32)
1(1)~P∨Q          A
2(2)~P            A
2(3)Q∨~P          2VI
4(4)   Q          A
4(5)Q∨~P          2VI
1(6)Q∨~P          12345VE
 (7)(~P∨Q)→(Q∨~P) 16CP
(33)
1(1)Q∨~P          A
2(2)  ~P          A
2(3)~P∨Q          2VI
4(4)Q             A
4(5)~P∨Q          4VI
1(6)~P∨Q          12345VE
 (7)(Q∨~P)→(~P∨Q) 16CP
従って、
(28)(33)により、
(34)
「命題計算」の「結果」も、
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
に於いて、
①=②         であって、
  ②=③       であって、
    ③=④     であって、
      ①=⑤   であって、
        ⑤=⑥ である。
従って、
(31)(34)により、
(35)
「日本語」としても、
「論理学」としても、
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
⑥   Q∨~P
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
に於いて、
①=②=③=④=⑤=⑥ である。
従って、
(35)により、
(36)
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
⑥   Q∨~P
といふ「論理式」は、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
といふ風に、「読むこと」が、出来る。
然るに、
(37)
任意の表述の否定は、その表述を’(  )’という空所にいれて書くことにしよう。しかし、丸括弧はその内部の表述が連言でないかぎり削除しよう
(W.O.クワイン著、杖下隆英訳、現代論理学入門、1972年、15頁)
従って、
(36)(37)により、
(38)
(  )はその内部の表述が連言でないかぎり削除しよう。
といふことから、
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
⑥   Q∨~P
といふ「論理式」は、「連言でなくとも、(  )を削除しない場合は
② ~(Q)→~(P)
③ ~〔P&~(Q)〕
④ ~〔~(Q)&P〕
⑤ ~(P)∨ Q
⑥    Q∨~(P)
といふ風に、「書くこと」になる。
然るに、
(39)
和文の否定は文の最後尾につきます。「・・・ではない」という形式です。すると、直前の語を否定しているのか、文全体を否定しているのか、別の語や句読点を補わない限り区別がつかなくなります(新井紀子、数学は言葉、2009年、123頁)。
従って、
(38)(39)により、
(40)
日本語の否定(~)は文の最後尾につきます。
といふことから、
② ~(Q)→~(P)
③ ~〔P&~(Q)〕
④ ~〔~(Q)&P〕
⑤ ~(P)∨ Q
⑥    Q∨~(P)
といふ「論理式」は、「日本語」としては、
② (Q)~→(P)~
③ 〔P&(Q)~〕~
④ 〔(Q)~&P〕~
⑤ (P)~∨ Q
⑥   Q  ∨(P)~
といふ「語順」でなければ、ならない。
然るに、
(41)
①  P→ Q
② (Q)~→(P)~
③ 〔P&(Q)~〕~
④ 〔(Q)~&P〕~
⑤ (P)~∨ Q
⑥   Q  ∨(P)~
といふ「それ」を、「からへ」、「日本語」で「読む」と、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
といふ、ことになる。
然るに、
(42)
①  P→ Q
② ~Q→~
③ ~P&~一レ
④ ~Q&P
⑤ ~P∨ Q
⑥ Q∨~
といふ「それ」を、「返り点」に従って、「訓読」すると、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
といふ、ことになる。
従って、
(40)(41)(42)により、
(43)
①  P→ Q
② ~(Q)→~(P)
③ ~〔P&~(Q)〕
④ ~〔~(Q)&P〕
⑤ ~(P)∨ Q
⑥    Q∨~(P)
に於ける、

②  ( )  ( )
③  〔   ( )〕
④  〔 ( )  〕
⑤  ( )
⑥       ( )
といふ「括弧」は、
①  P→ Q
② ~Q→~
③ ~P&~一レ
④ ~Q&P
⑤ ~P∨ Q
⑥ Q∨~
に於ける、

② レ レ
③ 二 一レ
④ 二 レ 一
⑤ レ
⑥ レ
といふ「返り点」に、相当する。
従って、
(38)(41)(42)(43)により、
(44)
①  P→ Q
② ~Q→~P
③ ~(P&~Q)
④ ~(~Q&P)
⑤ ~P∨ Q
⑥   Q∨~P
といふ「論理式」を、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない。
③ PであってQでない。といふことはない。
④ QでなくてPである。といふことはない。
⑤ Pでないか、Qである。
⑥ Qであるか、Pでない。
といふ風に、「読むこと」は、「漢文訓読」ならぬ、「論理式訓読」に、他ならない。
cf.
④→⑤
1 (1) ~(~Q&P)        A
2 (2) ~(~P∨Q)        A
3 (3)   ~P           A
3 (4)   ~P∨Q         3VI
23(5) ~(~P∨Q)&(~P∨Q) 24&I
2 (6)  ~~P           35RAA
2 (7)    P           6DN
8 (8)    Q           A
8 (9)   ~P∨Q         8VI
28(ア) ~(~P∨Q)&(~P∨Q) 29&I
2 (イ)   ~Q           8アRAA
2 (ウ)   ~Q&P         7イ&I
12(エ) ~(~Q&P)&(~Q&P) 1ウ&I
1 (オ)~~(~P∨Q)        2エRAA
1 (カ)  (~P∨Q)        オDN
  (キ)~(~Q&P)→(~P∨Q)  1カCP
⑤→④
1 (1)  ~P∨Q          A
2 (2)  ~Q&P          A
3 (3)  ~P            A
2 (4)   P            2&E
23(5)  ~P&P          34&I
 3(6)~(~Q&P)         25RAA
7 (7)   Q            A
2 (8)  ~Q            2&E
27(9)  ~Q&Q          78&I
 7(ア)~(~Q&P)         29RAA
1 (イ)~(~Q&P)         1367アVE
    (ウ)(~P∨Q)→ ~(~Q&P)  1イ
平成29年09月01日、毛利太。

已然形+ば{P&(P→Q)}。

(01)
1 (1)P→Q            A
2 (2)P&~Q           A
2 (3)P              2&E
2 (4)  ~Q           2&E
12(5)Q              12MPP
12(6)Q&~Q           45&I
1 (7)~(P&~Q)        26RAA
  (8)(P→Q)→~(P&~Q)  17CP
(02)
1  (1)~(P&~Q)        A
2  (2)  P            A
3  (3)    ~Q         A
23 (4)  P&~Q         23&I
123(5)~(P&~Q)&(P&~Q) 14&I  
12 (6)~~Q            35RAA
12 (7)  Q            6DN
1  (8)P→Q            27CP
   (9)~(P&~Q)→(P→Q)  18CP
従って、
(01)(02)により、
(03)
①     P→Q   (PならばQである)。
といふことは、すなはち、
① ~(P&~Q)(PであってQでない。といふことはない。)
といふことに、他ならない。
然るに、
(04)
① (PであってQでない。)といふことはない。
といふのであれば、
① 自体は、
① (PであってQである。)とは、「言ってゐない」。
従って、
(03)(04)により、
(05)
① P→Q=~(P&~Q)
① Pなら(未然形)ばQである。
といふ「仮言命題」は、
①「Pである。」とは、「言ってゐない」し、
①「Qである。」とも、「言ってゐない」。
従って、
(05)により、
(06)
① P→Q=~(P&~Q)
① Pなら(未然形)ばQである。
である所の、
① 水濁ら(未然形)ば、釣りをせん〔作例〕。
① 悪人のまねとて人を殺さ(未然形)悪人なり〔徒然草〕。
① 月の都の人もうで来(未然形)ば、捕らへさせん〔竹取物語〕。
の場合は、
① 水が濁るとは限らないので、釣りをするとは限らない。
① 人を殺すとは限らないので、悪人であるとは限らない。
① 月の都の人が来るとは限らないので、捕へさせるとは限らない。
然るに、
(07)
① Pなら(未然形)ばQである。
② Pなれ(已然形)ばQである。
に於ける、
① Pなら(未然形)ば、
② Pなれ(已然形)ば、
に於いて、
① は、「仮定条件」と呼ばれてゐて、
② は、「確定条件」と呼ばれてゐる。
加へて、
(08)
* 未然 ―「未だ然ら」、 すなわち、「マダソウナッテイナイ」の意である。
* 已然 ―「未然」の反対で、すなわち、「スデニソウナッテイル」の意である。
(中村菊一、基礎からわかる古典文法、1978年、23・24頁)
従って、
(07)(08)により、
(09)
① Pなら(未然形・仮定条件)ばQである。
ではなく、
② Pなれ(已然形・確定条件)ばQである。
であるならば、少なくとも、
② に於いては、
② Pである。と、「言ってゐる」ことになる。
然るに、
(10)
② 二十七日、風吹き波荒けれ(已然形)ば、舟出さず〔土佐日記〕。
② 二十七日は、風が吹いて波が荒かったので、船出をあきらめた。
といふのは、紀貫之の「経験」である。
(11)
② 瓜食め(已然形)ば、子ども思うほゆ。栗食め(已然形)ば、まして偲はゆ〔万葉集〕。
② 瓜を食べると、自然と子どもことが思はれる。栗を食べると、いっそう恋しく思はれる。
といふのも、山上憶良の、「経験」である。
(12)
② 翁心地あしく、苦しき時も、この子を見れ(已然形)ば、苦しきこともやみぬ〔竹取物語〕。
② 翁は気分が悪く、苦しいときも、この子(かぐや姫)を見ると、苦しいこともおさまりました。
といふのも、竹取の翁の、「経験」である。
従って、
(10)(11)(12)により、
(13)
② 波荒けれ(已然形)ば、舟出さず〔原因・理由〕。
② 瓜食め(已然形)ば、子ども思うほゆ〔偶然条件〕。
② この子を見れ(已然形)ば、苦しきこともやみぬ〔恒常条件〕。
等が、さうである所の、
② Pなれ(已然形)ばQである。
の場合は、
② Pである。と、「言ってゐて」、
② Qである。と、「言ってゐる」。
然るに、
(14)
① 水濁らば(仮定条件)釣りをせん。
① 水が濁るならば(仮定条件)釣りをしよう。
は、「ことわざ」ではないが、
② 水清ければ(確定条件)魚住まず。
は、「ことわざ」である。
然るに、
(15)
ことわざは、観察と経験そして知識の共有によって、長い時間をかけて形成されたものである(ウィキペディア)。
従って、
(14)(15)により、
(16)
① 水濁らば(仮定条件)釣りをせん。
に対する、
② 水清ければ(確定条件)魚住まず。
といふ、「ことわざ」の場合は、
② (今までに、)きれい過ぎる水に住む魚を、見たことが無い。
といふ「観察・経験」の、「一般化(経験則)」である。
といふ風に、見なすことが、出来る。
従って、
(13)(16)により、
(17)
② 水清けれ(已然形)ば、魚住まず〔恒常条件〕。
② 波荒けれ(已然形)ば、舟出さず〔原因・理由〕。
② 瓜食め(已然形)ば、子ども思うほゆ〔偶然条件〕。
② この子を見れ(已然形)ば、苦しきこともやみぬ〔恒常条件〕。
等が、さうである所の、
② Pなれ(已然形)ばQである。
の場合は、
② Pである。と、「言ってゐて」、
② Qである。と、「言ってゐる」。
然るに、
(18)
1(1) P&(P→Q)    A
1(2) P          1&E
 (3){P&(P→Q)}→P 12CP
(19)
1(1) P&(P→Q)    A
1(2) P          1&E
1(3) P→Q        1&E
1(4) Q          23MPP
 (5){P&(P→Q)}→Q 14CP
従って、
(18)(19)により、
(20)
② {P&(P→Q)}ならば、必ず、Pである。
② {P&(P→Q)}ならば、必ず、Qである。
従って、
(17)(20)により、
(21)
② P&(P→Q)
② Pなれ(已然形)ばQである。
の場合は、
② Pである。と、「言ってゐて」、
② Qである。と、「言ってゐる」。
従って、
(05)(21)により、
(22)
① P→Q である所の、
① Pなら(未然形)ばQである。
といふ「命題」は、
①「Pである。」とは、「言ってゐない」し、
①「Qである。」とも、「言ってゐない」。ものの、
その一方で、
② P&(P→Q) である所の、
② Pなれ(已然形)ばQである。
といふ「命題」は、
② Pである。と、「言ってゐて」、
② Qである。と、「言ってゐる」。
然るに、
(23)
古典語では順接の仮定条件は「行かば(行クナラバ)」のように「未然形+ば(接続助詞)」の形であらわした。後期江戸からは、「已然形+ば」はもっぱら仮定条件の意味を表わすようになった。そうなると、「已然形」はもはや「已然形」ではなくなってしまい、「仮定形」と呼ぶべき意味用法を備えるようになった。ここに古典語の「已然形」が消滅し、現代語の「仮定形」によって取って代わられたことになる(浅川哲也・竹部歩美、歴史的変化から理解する現代日本語文法、2014年、97・149頁)。
従って、
(22)(23)により、
(24)
② P&(P→Q)
② Pなれ(已然形)ばQである。
である所の、
②「已然形+ば」
といふ「それ」が、後期江戸からは、
① P→Q
② Pなれ(已然形)ばQである。
といふ「仮定条件」の「意味」を、表すやうになった。
然るに、
(25)
高校で習ふ所の、「古典文法」は、「後期江戸文法」ではなく、「平安中古文法」である。
従って、
(24)(25)により、
(26)
② P&(P→Q)
② Pなれ(已然形)ばQである。
ではない所の、
① P→Q
② Pなれ(已然形)ばQである。
といふ「後期江戸文法」は、高校で習ふ所の、「古典文法」からすれば、「間違ひ」になる。
従って、
(26)により、
(27)
① 一旦緩急あら(未然形)ば義勇公に奉じ、以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし。
ではない所の、
② 一旦緩急あれ(已然形)ば義勇公に奉じ、以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし。
といふ「後期江戸文法」は、高校で習ふ所の、「古典文法(平安中古文法)」からすれば、「間違ひ」になる。
然るに、
(28)
反論したのが大阪大名誉教授の加地伸行さんである。
月刊誌『WiLL』(6月号)で、まこと懇切丁寧に「あば」の正当性を主張した。
全文を引けないのは残念だが、概略を以下に示したい。
古文の立場からは、助詞「ば」には3種のつながり方がある。
(1)「あらば」(未然形+ば)は「もし~であるならば」(仮定)を表す。
(2)「あれば」(已然(いぜん)形+ば)は「~ので」(理由)や「~したところ」(契機)を表す。
(3)「あれば」(已然形+ば)は(2)の意味のほかにも、「或(あ)ることが有ると、いつでもそれに伴って後(あと)のことが起こる」という〈一般条件〉を表す。
「一旦緩急あれば…」も「国民として、危急が起きたときには当然、戦う」の意だから(3)に相当し、文法として正しい。
(2017.6.28 10:01【国語逍遥】)
従って、
(28)により、
(29)
一旦緩急あれ(已然形)ば、
の場合は、
仮定条件
ではなく、
一般条件
であるため、「古典文法(平安中古文法)」としても、「正しい」。
といふ風に、大阪大名誉教授の加地伸行さんは、「主張」する。
然るに、
(30)
】[意味]① あした(
(角川新字源、1968年、459頁)
然るに、
(31)
一朝】③ 事件などがおこることを仮定するときのことば。いったん
(学研、漢和大辞典、1978年、4頁)
従って、
(30)(31)により、
(32)
一旦】=仮定するときのことば(もしも・IF)
である。
従って、
(32)により、
(33)
一旦、緩急あれ(已然形)ば、
といふ「それ」は、
もしも緩急あれ(已然形)ば、
といふ、「意味」になる。
然るに、
(34)
もしも緩急あれ(已然形)ば、
の場合は、言ふまでもなく、
仮定条件
であって、
一般条件
ではない
cf.
そして、もし危急の事態が生じたら(Webサイト:教育勅語と現代語訳)、
従って、
(29)(34)により、
(35)
一旦、緩急あれ(已然形)ば、
もしも緩急あれ(已然形)ば、
の場合は、
仮定条件
ではなく、
一般条件
であるとする、大阪大名誉教授の加地伸行さんの「主張」は、「間違ひ」である。
然るに、
(36)
平安中古文法では、順接仮定条件を〈未然形+「ば」〉順接確定条件を、〈已然形+「ば」〉として、明確に使い分けていた。けれども、
江戸近世文法では、〈已然形+「ば」〉が、現代口語文法の〈仮定形+「ば」〉に大きく接近し、順接仮定条件をも表すようになった。
現行の訓読は、直接には近世後期の訓読を引き継いでいるため、順接仮定条件・順接確定条件のいずれをも〈已然形+「ば」〉で表すことが許容される。
(古田島洋介・湯城吉信、漢文訓読入門、2011年、80頁)
従って、
(35)(36)により、
(37)
一旦緩急あ然形)ば、
の場合は、「現行の訓読法」としては、「間違ひ」ではないものの、高校で習ふ所の、「古典文法(平安中古文法)」からすれば、「間違ひ」になる。

然るに、
(38)

平安中古文法(古典文法)」こそは、それが「死語」であることによって、「逆説的」に、「日本語」に於ける、「唯一の、普遍(不変)的」である所の、「文法」である。
平成29年08月20日、毛利太。

「教育勅語」に於ける「文法違反」。

 (01)
「元旦」の「旦」がさうであるやうに、「旦」は、「朝」である。
従って、
(02)
「一旦」は、「一朝」であって、
「一朝」は、「一旦」である。
然るに、
(03)
【一朝】③ 事件などがおこることを仮定するときのことば。いったん
(学研、漢和大辞典、1978年、4頁)
従って、
(02)(03)により、
(04)
① 一旦緩急あらば、・・・・・。
に於いて、
① 一旦
といふ「仮定するときのことば」は、
①「仮に、もしも、If」等に、相当する。
然るに、
(05)
未然 連用 終止 連体 已然 命令
 あり あり ある  あれ
である。
従って、
(05)により、
(06)
① 緩急あら(未然形)ば、
② 緩急あれ(已然形)ば、
である。
然るに、
(07)
【9】[ば](未然形に付く場合、已然形に付く場合、の二通りがある。)
① 未然形に付き、順接の仮定条件を示す。
② 已然形に付き、順接の確定条件を示す。そして次の三つ用法がある。
(1)原因・理由を示す。
(2)偶然条件を示す。
(3)恒常条件を示す。
(中村菊一、基礎からわかる古典文法、1978年、167頁改)
従って、
(04)~(07)により、
(08)
① 一旦(仮に)緩急あ未然形)ば、
② 一旦(仮に)緩急あ已然形)ば、
に於いて、「古典文法」として「正しい」のは、
① であって、
② ではない。
従って、
(08)により、
(09)
「漢文訓読」に於いても、原則として、「平安中古文法(古典文法)」に「準拠」すべきである。とするならば、
② 一旦(仮に)緩急あれ(已然形)ば、
といふ「言ひ方」は、マチガイである。
然るに、
(10)
かてい‐けい【仮定形】 の意味
出典:デジタル大辞泉
口語の活用形の一。用言、助動詞の第五活用形。接続助詞「ば」を伴って順接仮定の条件を示す。「行けば」「書けば」などの「行け」「書け」の類。文語の已然形が、その機能を変えて、主として仮定表現に用いられるようになったところからついた名称。文語では、この働きは未然形が有する。
然るに、
(11)
『週刊文春』(3月30日号)ではジャーナリストの池上彰さんが、文法の間違いがあるとの指摘も紹介しておくと断った上で、「もしも国家に危機があるとするならば」の意では〈「あり」の未然形+ば〉の「あらば」が当時の文法では正しく、「一旦緩急あれば」では「危機は必ず来るから、そのときには」の意になってしまい、誤用である-と書いていた。反論したのが大阪大名誉教授の加地伸行さんである。月刊誌『WiLL』(6月号)で、まこと懇切丁寧に「あれば」の正当性を主張した。全文を引けないのは残念だが、概略を以下に示したい。古文の立場からは、助詞「ば」には3種のつながり方がある。(1)「あらば」(未然形+ば)は「もし~であるならば」(仮定)を表す。(2)「あれば」(已然(いぜん)形+ば)は「~ので」(理由)や「~したところ」(契機)を表す。(3)「あれば」(已然形+ば)は(2)の意味のほかにも、「或(あ)ることが有ると、いつでもそれに伴って後(あと)のことが起こる」という〈一般条件〉を表す。「一旦緩急あれば…」も「国民として、危急が起きたときには当然、戦う」の意だから(3)に相当し、文法として正しい。 漢文の立場からも加地さんは、漢文訓読では例えば「行いて余力あらば~」と未然形で訓(よ)んでもいいが、一般的には、未然形相当のときに已然形で訓む慣行がある-と言及している。
(産経ニュース、【国語逍遥】2017.6.28 10:01)
従って、
(10)(11)により、
(12)
池上彰さんは、「(学校で習ふ)古典文法」に従ふ限り、
② 一旦(仮に)緩急あれ(已然形)ば、
は、マチガイであるとし、
加地伸行さんは、「口語文法」に従ふ限り、
② 一旦(仮に)緩急あれ(已然形)ば、
は、マチガイではない。
といふ風に、述べてゐる。
平成29年08月12日、毛利太。
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写真は蛍雪時代(高三)。この頃に、漢文が好きになりました。

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