語順、括弧、返り点(1.5)。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

語順、括弧、返り点(1.5)。

(01)
Dryer (2011a) は世界1377の言語を調べ、可能な語順が複数ある場合には使用頻度によって基本語順を決めた。この調査によれば、SOV型が一番多く565言語、次いでSVO型が488言語であった。他の4つのタイプはいずれも100言語以下で、VSO型が95言語、VOS型が25、OVS型が11、OSV型が4であった。同じくらいよく使われる語順が二つ以上ある言語は189あり、これらは頻度によって基本語順を決定できないため分類からは除かれている(ウィキペディア:語順)。
(02)
① SOV
② SVO
③ VSO
④ VOS
⑤ OVS
⑥ OSV
に於いて、
② S(VO)  ⇒ ④(VO)S
④ (V〔O)S〕⇒ ⑥(〔O)S〕V
従って、
(03)
② SVO=主語+動詞+目的語(補足語)。
といふ、「漢文の語順」を、
⑥ OSV=目的語(補足語)+主語+動詞。
といふ、「シャバンテ語の語順」で読むためには、
⑥ (〔 )〕
を、用ゐることになる。
cf.
SOV言語とSVO言語の優位は動かず、VSOは少数、VOSとOVSはきわめて希でOSVはほぼ皆無である(岩波書店、言語類型論入門、2006年、91頁)。
然るに、
(04)
(〔 )〕
の場合は、
(  )の中に、
   〕 があるため、『括弧』ではない。
(05)
① SOV
② SVO
③ VSO
④ VOS
⑤ OVS
⑥ OSV
に於いて、
S=主語
を、
~=否定
に置き換へると、
① ~OV
② ~VO
③ V~O
④ VO~
⑤ OV~
⑥ O~V
従って、
(06)
~=不
O=書
V=読
とした上で、並びを変へると、
① 不読書。
② 不書読。
③ 読書不。
④ 書読不。
⑤ 読不書。
⑥ 書不読。
然るに、
(07)
① 不読書。   は、「漢文」であって、
④ 書を読ま不。は、「訓読」である。
従って、
(07)により、
(08)
① 不読書=
① 不〔読(書)〕⇒
④〔(書)読〕 不=
④〔(書を)読ま〕ず。
は、「漢文訓読」である。
然るに、
(09)
① 不読書。を、
⑥ 書をない読ま。と読む場合は、
① 不読書=
① 不(読〔書)〕⇒
⑥ (〔書)不〕読=
⑥ (〔書を)ない〕読ま。
(10)
⑤ 読書。を、
④ 書を読まない。と読む場合は、
⑤ 読書=
⑤ 読(不〔書)〕⇒
④ (〔書)読〕不=
④ (〔書を) 読ま〕ない。
従って、
(08)(09)(10)により、
(11)
① ⇒ ④ は、〔( )〕を用ゐ、
① ⇒ ⑥ は、(〔 )〕を用ゐ、
⑤ ⇒ ④ は、(〔 )〕を用ゐる。
ものの、(04)でも述べた通り、
(〔 )〕は、『括弧』ではない。
然るに、
(12)
固より、
① ⇒ ⑥
に於ける、
⑥ 書をない読ま。
といふ「日本語」は無い。
加へて、
(13)
⑤ ⇒ ④
に於ける、
⑤ 読書。
といふ「漢文」も、有り得ない。
何とならば、
(14)
⑤ 読書。
であれば、「漢文の語順」から、
⑤  不 は、
⑤  書 だけを「否定」してゐるため、
④(書を読ま)ず。
といふ「意味」には、成り得ない。
従って、
(11)(12)(13)により、
(15)
⑤ ⇒ ④ は、(〔 )〕を用ゐ、
① ⇒ ⑥ は、(〔 )〕を用ゐる。
ものの、固より、
⑤ 読書。
⑥ 書をない読ま。
といふ「漢文」と「日本語」は無い。
然るに、
(16)
二(三 一) ⇒ (三 一)二
(三〔一)二〕⇒ (〔一)二〕三
従って、
(16)により、
(17)
(〔 )〕 は、
二 三 一 に相当する。
従って、
(15)(17)により、
(18)
⑤ ⇒ ④ は、二 三 一 を用ゐ、
① ⇒ ⑥ は、二 三 一 を用ゐる。
ものの、固より、
⑤ 読書。
⑥ 書をない読ま。
といふ「漢文」と「日本語」は無い。
従って、
(18)により、
(19)
一体何故、
⑤ 二 三 一
⑥ 二 三 一
といふ「返り点」が、有り得ないのかと言へば、
① 不読書。
④ 書を読まない。
といふ「漢文」と「訓読」に対して、例へば、
⑤ 読書。
⑥ 書をない読ま。
といふ「漢文」と「訓読」が、有り得ない。からである。
(20)
① 不〔読(文)〕⇒
④〔(文)読〕 不=
④〔(文を)読ま〕ず。
に対して、
我=主語
常=修飾語
漢=修飾語
を加へると、
① 我不〔常読(漢文)〕⇒
④ 我〔常(漢文)読〕不=
④ 我〔常には(漢文を)読ま〕不。
然るに、
(21)
① 15〔24(33)〕⇒
④ 1〔2(33)4〕5。
従って、
(20)(21)により、
(22)
① 我不〔常読(漢文)〕⇒
④ 我〔常(漢文)読〕不=
① 15〔24(33)〕⇒
④ 1〔2(33)4〕5=
④ 我〔常には(漢文を)読ま〕不。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(23)
15〔24(33)〕
を「集合数」とすると、
5は、〔24(33)〕を含んでゐて、
4は、(33)を含んでゐる。
然るに、
(24)
15〔24(33)〕。
から、
〔( )〕
を外して、
152433。
としても、
5は、2433 を含んでゐて、
4は、33 を含んでゐる。
従って、
(25)
152433。
を見て、
5は、2433 を含んでゐて、
4は、33 を含んでゐる。
といふことには、「気づく」ことが、出来る。
然るに、
(26)
我不常読漢文。
を見て、
不は、常読漢文 に係ってゐて、
読は、漢文 に係ってゐる。
といふことには、「気づく」ことが、出来る。
然るに、
(27)
我不常読漢文。
を見て。
不は、常読漢文 に係ってゐて、
読は、漢文 に係ってゐる。
といふことには、「気づく」ことが、出来るのであれば、
我不常読漢文。
といふ「白文」を、
我常には漢文を読ま不。
といふ風に、「訓読」することが、出来る。
従って、
(28)
中国語不可以読中夏之書審也。
に於いて、
不は、可以読中夏之書 に係ってゐるて、
可は、以読中夏之書 に係っていて、
読は、中夏之書 に係ってゐる。
といふ風に、「思ふ」ことが、出来れば、
中国語不可以読中夏之書審也。
といふ「漢文」を、
中国語は以て中夏の書を読む可から不ること審かなり。
といふ風に、「訓読」することが、出来る。
然るに、
(29)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、389頁)。
従って、
(28)(29)により、
(30)
中国語不可以読中夏之書審也。
といふ「漢文」の、「管到」が分れば、
中国語不可以読中夏之書審也。
といふ「白文」を、
中国語は以て中夏の書を読む可から不ること審かなり。
といふ風に、「訓読」することが、出来る。
然るに、
(31)
中国語不可以読中夏之書審也。
といふ「漢文」の「管到」は、
中国語不[可〔以読(中夏之書)〕]審也。
といふ『括弧』で、表すことが、出来る。
cf.
FC2J13
(32)
① 不〔読(書)〕⇒
④〔(書)読〕 不=
④〔(書を)読ま〕ず。
の「返り点」は、
① レ レ
であるが、
① 我不〔常読(漢文)〕⇒
④ 我〔常(漢文)読〕不=
④ 我〔常には(漢文を)読ま〕不。
の「返り点」は、
① 三 二 一
である。
従って、
(32)により、
(33)
① 〔( )〕
① 〔( )〕
に対して、
① レ レ
① 三 二 一
といふ「返り点」は、「順番」を表してゐるとしても、「管到(ソコープ)」を表してゐるとは、言へない。
平成27年06月14日、毛利太。

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