「(辺読文字を含む)語順」について。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

「(辺読文字を含む)語順」について。

(01)
我有兄弟=I have brothers.
であるため、
我有兄弟=SVO(第三文型)。
である。
然るに、
(02)
「多い」  といふことは、
「多く有る」といふことである。
従って、
(01)(02)により、
(03)
有兄弟=兄弟有り。
多兄弟=兄弟多し。
といふ「語順」であること、すなはち、「有・多」が、「辺読文字」であることは、不思議ではない。
然るに、
(04)
金多=金多し(十八史略、蘇秦・張儀)。
からすると、
金多=主語+述語。
に於いて、「多(形容詞)」は、「辺読文字」ではない。
(05)
 与書友=書を友に与ふ。
からすれば、
不与友書=友に書を与へず。 
とすべきである。
(06)
不与友書=友に書を与へず。
からすれば、
不納瓜田履=瓜田に履を納れず。
であるべきである。
然るに、
(07)
不納瓜田履=瓜田に履を納れず。
ではなく、
瓜田不納履=瓜田に履を納れず。
である。
(08)
  為疾=疾を為む。
からすれば、
 可為疾=疾を為むべし。
不可為疾=疾を為むべからず。
であるべきである。
然るに、
(09)
疾不可為也=疾為むべからざるなり(この病気は治せない)。
然るに、
(10)
この病気は
瓜田には
のやうに、「日本語に訳した」際に、「は」が付く場合、
この病気は
瓜田には
は、「目的語」や「補語」ではない。
然るに、
(11)
疾  や、
瓜田 が、「目的語」や「補語」ではないのであれば、
不可為疾。
不納瓜田履。
といふ「語順」である必要はない。
(12)
先生不知何許人=
先生は何許可の人なるかを知らず。
にしても、「普通」に考へれば、
先生=主語
である。
然るに、
(13)
意味内容からすれば、「我不知先生何許人」ということだが、この文のように表現するから注意を要する。
(天野成之、漢文基本語辞典、1999年、60頁)
(14)
孔子聖人。
と書いて、
孔子は聖人なり。
と読む、
従って、
(15)
千里馬囗囗。
於いて、
囗囗が、「名詞」であるならば、
千里馬囗囗。
と書いて、
千里馬は囗囗である。
と読んでもよいことになる。
然るに、
(16)
大辞林 第三版の解説
じょうせつ【常設】
( 名 ) スル
いつも設けてあること。常置。 「市議会に-されている委員会」
従って、
(16)により、
(17)
常設 が、名詞 である以上、
常有 も、名詞 であることは、不可能ではない。
従って、
(15)(17)により、
(18)
千里馬常有。
と書いて、
千里馬常有=
千里馬は常有である。
と読むことは、不可能ではない。
cf.
hyoukahoutaruさん
2014/5/1911:15:21
漢文の質問です。
千里馬常有、而伯楽不常有。
有は返読文字だと習ったのですが、この例文では返読されていませんでした。何故ですか?
閲覧数: 432 回答数: 3
(19)
如雪=雪の如し。
の「如」は、「辺読文字」である。
然るに、
(20)
「排他的命題」を主張する目的が、「強調」につながり、「強調」しようとする意志が、「疑問詞の前置」をプロモートすることを、「WH移動」とする。
従って、
(19)(20)により、
(21)
如雪=雪のやうだ。
に対して、
何如=何のやうか。
は、蓋し、「WH移動」である。
(22)
如之何=之をいかんせん。
の場合は、
如之何=述語+補語+補語。
である。
然るに、
(23)
古代では「如何」と「何如」を区別したが後世(宋以後)区別しないこともあるので注意。
(多久弘一、多久の漢文公式110、1988年、71頁)
との、ことである。
然るに、
(24)
23世紀のイギリスに於いて、
She loves you.
Teach your children.
とは言はずに、
She love you.
Teach your childs.
と言ふやうになったとしたら、「間違ひ」が、「固定」されたことになる。
従って、
(25)
「言葉」が「変化」するの所以は、「蓄積された間違ひ」が、「固定」されるからである。
従って、
(23)(25)により、
(26)
(宋以後)区別しないこともあるので注意。
といふ言ひかたは、
(宋以後)間違ってゐることもあるので注意。
とするのが、正しい。
(27)
金璧雖重宝、費用難貯儲=
金璧は重宝なりと雖も、費し用ゐて貯儲し難し(韓愈)。
従って、
(27)により、
(28)
ポチは犬と雖も免れず。
の場合は、
ポチ雖犬不免。
と書くはずである。
然るに、
(28)
ポチ雖犬不免。
から、
ポチ
を除くと、
雖犬不免=
犬と雖も免れず。
然るに、
(29)
雖犬 だけを見れば、
雖  は、「辺読文字」である。
(30)
学難成=学成り難し(朱子)。
であるため、「難」は、「辺読文字」である。
然るに、
(31)
破心中賊難=心中の賊を破るは難し(王陽明)。
からすれば、
成学難=学を成すは難し。
といふ場合も有り得る、はずである。
然るに、
(32)
学難成=学成り難し。
に対して、
成学難=学を成すは難し。
に於ける「難」は、「辺読文字」ではない。
(33)
もう一度確認すると、
不与友書=友に書を与へず。
からすれば、
不納瓜田履=瓜田に履を納れず。
であるべきであるため、
瓜田不納履=瓜田に履を納れず。
といふ「語順」は、ヲカシイと、思ふべきである。
然るに、
(34)
そのやうな「質問」を、「ヤフー!知恵袋」にして来る受験生は、ゐない。
(35)
千里馬常有=主語(名詞)+述語(名詞)。
ではない。のかも知れないし、
何如=何のやうか。
は「WH移動」ではない。のかも知れない。
しかしながら、
(36)
「漢文の語順」に、注意を向けてゐるからこそ、そのやうに、思ふのであって、尚且つ、兎にも角にも、そのやうに、思った「結果」として、
何如。
如之何。
千里馬常有。
瓜田不納履。
といふ「語順」が、記憶される。
従って、
(37)
仮に、「間違ふ」ことに、なるとしても、
何如。
千里馬常有。
瓜田不納履。
のやうな、「カワッタ語順」に接した場合は、自分自身で、「ああだかうだ」と考へてみることを、勧めたい。
平成28年02月02日、毛利太。
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