鏡・上下左右・常識(Ⅱ) - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

鏡・上下左右・常識(Ⅱ)

(01)
① Α・Ε と書かれたTシャツを着た人物が、鏡に向って「直立」すると、鏡の中で、
① Α・Ε は、
① ∃・Α に見える。
(02)
② Α・Ε と書かれたTシャツを着た人物が、鏡の外で、「回れ右」をしてこちらを振り返ると、
② Α・Ε は、
② Α・Ε に見える。
(03)
③ Α・Ε と書かれたTシャツを着た人物が、鏡の外で、「逆立ち」をしてこちらを振り返ると、
③ Α・Ε は、
③ ∃・∀ に見える。
然るに、
(04)
① ∃・Α(鏡の中)
② Α・Ε(鏡の外で、回れ右)
③ ∃・∀(鏡の外で、逆立ち)
に於いて、
①&②=(∃・Α)&(Α・Ε)=(Α・Α)・(∃・Ε)
①&③=(∃・Α)&(∃・∀)=(∃・∃)・(Α・∀)
従って、
(04)により、
(05)
①&② ⇒(∃・Ε)は「左右が逆である。」
①&③ ⇒(Α・∀)は「上下が逆である。」
従って、
(04)(05)により、
(06)
① ∃・Α(鏡の中)
② Α・Ε(鏡の外で、回れ右)
③ ∃・∀(鏡の外で、逆立ち)
に於いて、
① ∃・Α を、「基準」にすると、
Α・Ε は、「左右」が「」であり、「上下」が「等しい」。
③ ∃・ は、「上下」が「」であり、「左右」が「等しい」。
従って、
(01)~(06)により、
(07)
① Α・Εと書かれたTシャツを着た人物が、鏡に向って「直立」する時、
② 鏡の中の我々は、「回れ右」をしていないし、尚且つ
③ 鏡の中の我々は、「逆立ち」もしていない。
従って、
(07)により、
(08)
① Tシャツを着ていない我々が、鏡に向って「直立」する場合であっても、
③ 鏡の中の人物は、「逆立ち」をしていないし、尚且つ
② 鏡の中の人物は、「回れ右」もしていない。
従って、
(08)により、
(09)
あれは本当は前後が反対なんですね。左右も上下ももとのままで、当たり前の話だけどねえ(森毅、安野光雅、1986年、130頁)。
とするのが、正しい。
然るに、
(10)
③ 鏡の中の人物は、「逆立ち」をしていない。
ということから、
我々の常識」は、それだけで、
② 鏡の中の人物は、「回れ右」をしている。
という風に、思ってしまう。
それ故、
(11)
①&③ ⇒(Α・∀)は「上下が逆である。」
という「矛盾」には、
「注意」が、行かず、専ら
①&② ⇒(∃・Ε)は「左右が逆である。」
という「矛盾」に、
「注意」が、行くことになる。
それ故、
(12)
①&③ ⇒(Α・∀)は「上下が逆である。」
は、「無視(set at naught)」され、
日本であっても、アメリカであっても、
①&③=Why Do Mirrors Reverse Up and Down but Not Left and Right?
という「質問」はなされずに、
①&②=Why Do Mirrors Reverse Left and Right but Not Up and Down?
という「質問」だけが、これからも、繰り返される、ことになる。
平成28年02月16日、毛利太。
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