述語論理訓読。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

述語論理訓読。

―「03月10日の記事」を書き換へます。―
(01)
  ~=ではない。
  ∨=または、
  &=尚且つ、
  →=ならば、
( )=といふ
 ∃x=そのやうなxが存在する。
 ∀x=ことは、全てのxに於いて、正しい。
(02)
① ∀x(∃y(親(xy)))
② ∀x(∃y(親(yx)))
③ ∃x(∀y(親(xy)))
④ ∃x(∀y(親(yx)))
に於いて、
その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
とするならば、
① xy 親 ∃y ∀x
② yx 親 ∃y ∀x
③ xy 親 ∀y ∃x
③ yx 親 ∀y ∃x
といふ「順番」で、読むことになる。
然るに、
(03)
① ∀x(∃y(親(xy)))
といふ風に、並んでゐるそれを、
① xy 親 ∃y ∀x
といふ「順番」で読むといふことは、
① ∀x(∃y(親(xy)))
に於いて、
① ∀x( )⇒( )∀x
① ∃y( )⇒( )∃y
①  親( )⇒( )親
といふ「倒置」を行ふことに、等しい。
然るに、
(02)(03)により、
(04)
① ∀x(∃y(親(xy)))=
① (((xはyの)親である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
(02)(03)により、
(05)
② ∀x(∃y(親(yx)))=
② (((yはxの)親である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
(02)(03)により、
(06)
③ ∃x(∀y(親(xy)))=
③ (((xがyの)親である。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
(02)(03)により、
(07)
④ ∃x(∀y(親(yx)))=
④ (((yはxの)親である。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
然るに、
(08)
① (((xはyの)親である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
① (((yはxの)子である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふことは、
① サザエさんの家の、タラちゃんを含めて、全ての人に、子供がゐる。
といふことを、意味してゐるものの、タラちゃん(三才)に、子供はゐない。
(09)
② ((yはxの)親である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
② ((xはyの)子である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふことは、
② 全ての人には、親がゐる。
② take any x:there is a y such that y is parent of x(E.J.Lemmon,Beginning logic,1965,p99).
② 任意のxを選ぶとせよ。するとyがxの親であるようなyが存在する(世界思想社、論理学初歩、1973年、126頁改)。
といふ意味である。
(10)
③ (((xがyの)親である。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
③ (((yがxの)子である。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
といふことは、
③ 全人類の親である人が、ゐる。
③ その人には、約75億人の子供がゐる。
といふ、意味である。
(11)
④ (((yはxの)親である。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
④ (((xはyの)子である。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
といふことは、
④ xは、タラちゃんの子供であって、尚且つ、サザエさんの子供であり、尚且つ、オバマの子供であって、尚且つ、あなたの子供である。
といふことに、他ならない。
然るに、
(12)
① 子供のゐない夫婦は、いくらでもゐるし、 タラちゃん(三才)に、子供はゐない。
③ DNAから見て、全人類が、或る人の子供である。といふことは、有り得ない。
④ DNAから見て、全人類が、或る人の親 である。といふことは、尚の事、有り得ない。
cf.
③ しばしば誤解を受けるが、彼女は「同世代で唯一、現生人類に対し子孫を残すことができた女性」ではない(ウィキペディア:ミトコンドリア・イブ)。
従って、
(04)~(12)により、
(13)
① ∀x(∃y(親(xy)))
② ∀x(∃y(親(yx)))
③ ∃x(∀y(親(xy)))
④ ∃x(∀y(親(yx)))
に於いて、
② だけが、「真(本当)」である。
(14)
⑤ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
⑥ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
のであれば、
⑤ x 少女 & y 少年 → yx 愛 ∀y ∃x
⑥ x 少年 → y 少女 & xy 愛 ∃y ∀x
といふ「順番」で、読むことになる。
然るに、
(15)
⑤ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
といふ風に、並んでゐるそれを、
⑤ x 少女 & y 少年 → yx 愛 ∀y ∃x
といふ「順番」で読むといふことは、
⑤ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
に於いて、
⑤ ∃x( )⇒( )∃x
⑤ 少女( )⇒( )少女
⑤ ∀y( )⇒( )∀y
⑤ 少年( )⇒( )少年
⑤  愛( )⇒( )愛
といふ「倒置」を行ふことに、等しい。
(16)
⑤ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
のであれば、
⑤ ((xは)少女であって、尚且つ、((yが)少年である、ならば、(yはxを)愛する。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(17)
⑤ ((xは)少女であって、尚且つ、((yが)少年である、ならば、(yはxを)愛する。)といふことが、全てのyに於いて、正しい。)といふ、そのやうなxが存在する。
といふことは、「少女xは、全少年によって愛されてゐる所の、スーパーアイドルである。」といふことに、他ならない。
(18)
⑥ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
のであれば、
⑥ ((xが)少年であるならば、((yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に、読むことが、出来る。
然るに、
(19)
⑥ ((xが)少年であるならば、((yは)少女であって、尚且つ、(xはyを)愛する。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふことは、「全ての少年には、愛してゐる所の少女がゐる。」といふことに、他ならない。
然るに、
(20)
⑥ ∃y(少女(y)&愛(xy))
といふのは、
⑥ そのやうな少女が、少なくとも、一人ゐる。
といふ、意味である。
しかしながら、
(21)
「全ての少年には、愛してゐる所の少女がゐる。」といふことは、普通は、
「全ての少年は、それぞれが、別の少女を愛してゐて、出来れば、その少女と結婚したい。」といふ場合である。
従って、
(16)~(21)により、
(22)
⑤ ∃x(少女(x)&∀y(少年(y)→愛(yx)))
⑥ ∀x(少年(x)→∃y(少女(y)&愛(xy)))
に於いて、前者と後者は、「述語論理」として、明確に、異なってゐる。
(23)
ド・モルガンが、明らかに健全であるにもかかわらず、伝統的論理学のわくぐみのなかでは取り扱うことができなかった論証とし挙げた、有名な、また簡単な論証がある。
(1) すべての馬は動物である。故にすべての馬の頭は動物の頭である。
(世界思想社、論理学初歩、1973年、167頁)
(24)
⑦  ∀x(馬(x)→動物(x))├ ∀x(∃y(馬(y)&頭(xy))→∃y(動物(y)&頭(xy)))
に於いて、
左から右へ読むものの、その右側が、( )と接してゐる限り、より内側の( )の中を先に読む。
のであれば、
⑦ ((xは)馬であるならば、(xは)動物である。)といふことが、全てのxに於いて、正しい。が故に、(((yは)馬であって、尚且つ、(xはyの)頭である。)といふ、そのやうなyが存在する。のであれば、(yは)動物であって、尚且つ、(xはyの)頭である。)といふ、そのやうなyが存在する。)といふことは、全てのxに於いて、正しい。
といふ風に、読むことが、出来る。
cf.
如馬有頭則
平成28年03月11日、毛利太。
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