「括弧」と「包含関係」と「順番」と「返り点」。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

「括弧」と「包含関係」と「順番」と「返り点」。

(01)
一=(囗)
二=(囗囗)
三=(囗囗囗)
四=(囗囗囗囗)
五=(囗囗囗囗囗)
六=(囗囗囗囗囗囗)
七=(囗囗囗囗囗囗囗)
八=(囗囗囗囗囗囗囗囗)
九=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)
といふ風に、「理解」する。
従って、
(02)
九=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
八=(囗囗囗囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
八=(囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
七=(囗囗囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
七=(囗囗囗囗囗囗囗)は、
六=(囗囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
六=(囗囗囗囗囗囗)は、
五=(囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
五=(囗囗囗囗囗)は、
四=(囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
四=(囗囗囗囗)は、
三=(囗囗囗) 以下を「含んでる」。
三=(囗囗囗)は、
二=(囗囗) 以下を「含んでる」。
二=(囗囗)は、
一=(囗) 以下を「含んでる」。
一=(囗)は、
〇=( )を「含んでる」。
従って、
(03)
① 不有人而不死=
① ~∃人&~死=
① ~(∃x(人(x)&~(死(x))))=
① 八( 七(二(一)三六(五(四))))=
① (((xは)人であり、尚且つ、((xは)死な)ない)といふ、そのやうなxが存在し)ない。
① There is not an x such that x doesn't die.
に於いて、
 ~=八 といふ「一個の数」は、
∃x=七 以下の、
 人=二
 x=一
 &=三
 ~=六
 死=五
 x=四 
といふ、「七個の数」を含んでゐる。
然るに、
(04)
八は、「七個の数」を含んでゐる。
といふことを、
八は、「七個の数」を「包含」する。
といふ風に、言ふことにする。
従って、
(03)(04)により、
(05)
① ~(∃x(人(x)&~(死(x))))=
① ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}=
① 八{ 七[二(一)三六〔五(四)〕]}。
に於ける、
①  {  〔 ( )  〔 ( )〕]}
といふ「括弧」は、
① ~(∃x(人(x)&~(死(x))))
といふ「述語論理」の、「包含関係」を表してゐる。
然るに、
(06)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)。対象が有限集合の場合は述語論理も命題論理に還元できます(吉永良正、ゲーデル・不完全性定理、1992、201頁)。
従って、
(05)(06)により、
(07)
① ~(∃x(人(x)&~(死(x))))=
① ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}=
① 八{ 七[二(一)三六〔五(四)〕]}。
に於ける、「括弧」は、「述語論理」の、「包含関係」を表してゐて、尚且つ、「包含関係」とは、すなはち「スコープ」である。
従って、
(08)
① 不有人而不死。
といふ「漢文」に対して、
六=不
五=有
一=人
二=而
四=不
三=死
といふ「数」を与へることは、その一方で、
① 不有人而不死。
といふ「漢文」に対して、
① 不[有〔人而不(死)〕]。
といふ「包含関係(スコープ)」を与へることを、意味してゐる。
然るに、
(09)
六=不
五=有
一=人
二=而
四=不
三=死
といふ「それ」は、
一=人にし
二=て
三=死せ
四=ざるは
五=有ら
六=ず。九
といふ風に、「並び替へ(ソートす)る」ことが、出来る。
従って、
(07)(08)(09)により、
(10)
① 不有人而不死=
① 六五一二四三=
① 不[有〔人而不(死)〕]=
① 六[五〔一二四(三)〕]⇒
① [〔一二(三)四〕五]六=
① [〔人而(死)不〕有]不=
① 人にして死せざるは有らず。
といふ「漢文訓読」が「可能」である「所以」は、
① 不有人而不=
① 不[有〔人而不(死)〕]。
に於ける、
①  [ 〔   ( )〕]
といふ「括弧」に有る。といふことになり、尚且つ、
「括弧」=「包含関係」=「スコープ」
である。といふことになる。
然るに、
(11)
① 六[五〔一二四(三)〕]
に於いて、
① 六 は、一番、左にあって、
① [五〔一二四(三)〕] を「含んでゐる」。
(12)
① [〔一二(三)四〕五]六
に於いて、
① 六 は、一番、右にあって、
① [〔一二(三)四〕五] を「含んでゐる」。
(13)
① 四(三)
に於いて、
① 四 は、左から、
① (三) を「含んでゐる」。
(14)
① (三)四
に於いて、
①    四 は、右から、
① (三) を「含んでゐる」。
従って、
(10)~(14)により、
(15)
① 不[有〔人而不(死)〕]=
① 六[五〔一二四(三)〕]⇒
① [〔一二(三)四〕五]六=
① [〔人而(死)不〕有]不。
に於いて、
「括弧」=「包含関係」=「スコープ」
に、「変はり」は無い。
然るに、
(16)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である。管到の「管」は「領(おさめる)」の意味とほぼ同じと考えてよい。
(二畳庵主人、漢文法基礎、1984年、三八九頁)
然るに、
(17)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)
従って、
(15)(16)(17)により、
(18)
② 有欲揮快刀断乱麻者=
② 九七三一二六四五八=
② 有[欲〔揮(快刀)断(乱麻)〕者]=
② 九[七〔三(一二)六(四五)〕八]⇒
② [七〔(一二)三六(四五)〕八]九=
② 一二 三  四五 六   七   八九=
② 快刀を揮って乱麻を断たんと欲する者有り。
といふ「漢文訓読」が「可能」である「所以」は、
② 有欲揮快刀断乱麻者=
② 有[欲〔揮(快刀)断(乱麻)〕者]
に於ける、
②  [ 〔 (  ) (  )〕 ]
といふ「括弧」に有る。といふことになり、尚且つ、
「括弧」=「包含関係」=「スコープ」=「補足構造」
である。といふことになる。
然るに、
(19)
② 三(一二)六(四五)
といふ「包含関係(補足構造)」を、仮に、
② 三(一六二)四五
に変へてしまふと、
③ 三一六二
に於いて、
三=(囗囗囗)は、
一=(囗) と、
二=(囗囗)を「含んでゐる」ものの、
三=(囗囗囗)は、
六=(囗囗囗囗囗囗)を、「含んでゐない」。
然るに、
(20)
六=(囗囗囗囗囗囗)は、
五=(囗囗囗囗囗) を、「含んでゐる」ため、
② 三(一六二)四五   は、
② 三(一六〔二)四五〕 でなければ、成らない。
従って、
(20)により、
(21)
② 有欲揮快刀断乱麻者=
② 九七三一二六四五八。
といふ「包含関係(補足構造)」を、仮に、
③ 有欲揮快断刀乱麻者=
③ 九七三一六二四五八。
に変へてしまふと、「包含関係(補足構造)」が「破綻」する。
然るに、
(22)
② 九七三一六二四五八
② 有欲揮快断刀乱麻者。
といふ「それ」を、
③ 快刀を揮って乱麻を断たんと欲する者有り。
といふ風に、「括弧」を用ゐて「訓読」するためには、
③ 有{欲[揮(快断〔刀)乱麻〕]者}。
に於いて、
揮( )⇒( )揮
断〔 〕⇒〔 〕断
欲[ ]⇒[ ]欲
有{ }⇒{ }有
といふ「倒置」、行ふことになる。
然るに、
(23)
③ 有{欲[揮(快断〔刀)乱麻〕]者}。
に於いて、
③ (〔 )〕
は、「数学」であれば、
② ({ )}
に相当するため、
③ (〔 )〕
を含む、
③  { [ (  〔 )  〕] }
といふ「括弧」は、有り得ない。
加へて、
(24)
② 有欲揮快刀断乱麻者=
② 有[欲〔揮(快刀)断(乱麻)〕者]⇒
② [〔(快刀)揮(乱麻)断〕欲者]有=
② 快刀を揮って乱麻を断たんと欲する者有り。
に対する「返り点」が、
② 乙 下 二 一 中 上 甲
である一方で、
③ 有欲揮快断刀乱麻者=
③ 有{欲[揮(快断〔刀)乱麻〕]者}⇒
③ {[(快〔刀)揮乱麻〕断]欲者}有=
③ 快刀を揮って乱麻を断たんと欲する者有り。
に対する「それ」は、
③ 乙 下 二 中 一 上 甲
cf.
有乙欲下
である。
然るに、
(25)
上中下点(上・下、上・中・下)
必ず一二点をまたいで返る場合に用いる(数学の式における( )が一二点で、{ }が上中下点に相当するものと考えるとわかりやすい)。
(原田種成、私の漢文講義、1995年、四三頁)
従って、
(25)により、
(26)
③     二 中 一
を含む、
③ 乙 下 二 中 一 上 甲
といふ「返り点」は、有り得ない。
固より、
(27)
③ 揮快断刀。 
といふ「漢文」は、
③ 快断刀を断つ。
といふ風にしか、「訓読」することが、出来ない。
従って、
(21)(23)(26)(27)により、
(28)
② 有欲揮快刀断乱麻者=
② 九七三一二六四五八=
② 九七三一二六四五八。
といふ「包含関係(補足構造)」を、仮に、
③ 有欲揮快断刀乱麻者=
③ 九七三一六二四五八=
② 九七三一六二四五八。
に変へてしまふと、「包含関係(補足構造)」が「破綻」し、尚且つ、
③  { [ (  〔 )  〕] }
といふ「括弧」は、有り得ないし、
③ 乙 下 二 中 一 上 甲
といふ「返り点」は、有り得ないし、固より、
③ 揮快断刀。 
といふ「漢文」は、
③ 快断刀を断つ。
といふ風にしか、「訓読」することが、出来ない。
然るに、
(29)
② 九 七 三 一 二 六 四 五 八
といふ「数」は、そのまま、
② 一二点
でもあるため、
② 九 七 三 一 二 六 四 五 八
といふ「数」と、
② 乙 下 二   一 中   上 甲
といふ「返り点」が、
② 九[七〔三(一二)六(四五)〕八]
② 乙[下 二( 一)中( 上)〕甲]
といふ、
「括弧」=「包含関係」=「スコープ」=「補足構造」
を表してゐる。といふことに、気付くことは、普通はない。
それ故、
(30)
返り点 ‎(hiragana かえりてん, romaji kaeriten)
1.in kambun, marks that are placed in the lower left corner of a character to indicate the reading order; types include ichiniten, kōotsuten, jōgeten, tenchiten, and reten(返り点 - Wiktionary).
といふ具合ひに、「返り点は、reading orderを示すためのマークである。」といふ風にしか、理解されてゐない。
平成28年03月12日、毛利太。
(31)
① ~{∃x[人(x)&~〔死(x)〕]}=
① {[(x)人&〔(x)死〕~]∃x}~=
① {[(xは)人であり、尚且つ、〔(xは)死な〕ない]といふ、そのやうなxが存在し}ない。
といふ「述語論理」と同様に、
① 不有人而不死。
② 有欲揮快刀断乱麻者。
といふ「漢文」には、固より、
① 不[有〔人而不(死)〕]。
② 有[欲〔揮(快刀)断(乱麻)〕者]。
といふ「括弧・包含関係・スコープ・管到・補足構造」が有る。
然るに、
(32)
九=(囗囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
八=(囗囗囗囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
八=(囗囗囗囗囗囗囗囗)は、
七=(囗囗囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
七=(囗囗囗囗囗囗囗)は、
六=(囗囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
六=(囗囗囗囗囗囗)は、
五=(囗囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
五=(囗囗囗囗囗)は、
四=(囗囗囗囗) 以下を「含んでゐ」て、
四=(囗囗囗囗)は、
三=(囗囗囗) 以下を「含んでる」。
三=(囗囗囗)は、
二=(囗囗) 以下を「含んでる」。
二=(囗囗)は、
一=(囗) 以下を「含んでる」。
が故に、
② 有[欲〔揮(快刀)断(乱麻)〕者]。
といふ「括弧・包含関係・スコープ・管到・補足構造」は、
②  [ 〔 (  ) (  )〕 ]
といふ「括弧」だけでなく。
② 九 七 三 一 二 六 四 五 八
といふ「数」でも、表すことが出来る。
然るに、
(33)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、二九六頁)が故に、
② 九 七 三 一 二 六 四 五 八
といふ「数」を、「返り点」で表すと、
② 乙 下 二   一 中   上 甲
といふ、ことになる。
cf.
九七三一
(34)
中には中国・韓国の留学生もいたが、日本式の訓読を学ぶことは必ず諸君に有益なものがあるからと、訓読を習得させた。初めはだいぶ苦労したようであるが、日本式に読めるようになった。博士課程後期に六年間在学して訓読が達者になった中国の某君があるとき言った。「自分たちは古典を中国音で音読することができる。しかし、往々にして自ら欺くことがあり、助詞などいいかげんに飛ばして読むことがある。しかし日本式の訓読では、「欲」「将」「当」「謂」などの字が、どこまで管到して(かかって)いるか、どの字から上に返って読むか、一字もいいかげんにできず正確に読まなければならない」と、訓読が一字もいやしくしないことに感心していた。これによれば倉石武四郎氏が、訓読は助詞の類を正確に読まないと非難していたが、それは誤りで、訓読こそ中国音で音読するよりも正確な読み方なのである。
(原田種成、私の漢文 講義、1995年、27頁)
従って、
(33)(34)により、
(35)
「返り点」は、単なる「reading orderを示すためのマーク」ではなく、「括弧・包含関係・スコープ・管到・補足構造」を示してゐる。
ただし、
(36)
「返り点」は、「レ点」が有ることによって、例へば、
④ 不読書=
④ 不〔読(書)〕⇒
④ 〔(書を)読ま〕不。
の「返り点」は、
④ レ レ
であって、その一方で、
⑤ 不読漢文=
⑤ 不〔読(漢文)〕⇒
⑤ 〔(漢文を)読ま〕不。
の「返り点」は、
⑤ レ 二 一
であって、
⑥ 不訓読書=
⑥ 不〔訓読(書)〕⇒
⑥ 〔(書を)訓読せ〕不。
の「返り点」は、
⑥ レ レ
ではなく、
⑥ 三 ‐二‐ 一
であると、思はれる。
従って、
(35)(36)により、
(37)
「返り点」は、単なる「reading orderを示すためのマーク」ではなく、「括弧・包含関係・スコープ・補足構造」を示してゐる。ものの、「同一の括弧・包含関係・スコープ・補足構造」に対して、「二通り以上の、返り点」が、存在し、そのため、「返り点」は、初学者にとっては、それなりに難しい。
平成28年03月13日、毛利太。
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