英文訓読。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

英文訓読。

(01)
① My cousin is three years younger than I
② He was walking with a dog in the park this morning.
③ I don't think that Antlers will be the chanpion this year.
④ I will send new rice to you by courier service next week.
⑤ We keep our rooms warm day and night in winter because my parents are old.
⑥ You must study English much harder to become a googler like your father in the future.
⑦ I am not necessarily a person who tries to understand Chinese classics by using the method of understanding English.
(02)
① 私の従弟は、私よりも、若きこと、三歳である。
② 彼は昨日の朝、公園を、一匹の犬を連れて歩いていた。
③ 私はアントラーズが今年のチャンピオンになるであろうといふことを思はない。
④ 私は、来週、宅配便であなたに新米をお送りします。
⑤ 両親が高齢であるため、冬には、昼と夜、暖かく部屋を保ってゐる。
⑥ あなたは将来にあなたの父のやうなクーグルの職員になるようにもっと一生懸命英語を勉強しなければならない。
⑦ 私は、必ずしも、英語を理解する方法を用ゐて、中国の古典を理解しようとする、人間ではありません。
従って、
(01)(02)により、
(03)
① My cousin is{three-years[younger〔than(I)〕]}⇒
① My cousin {[〔(I)than〕younger]three-years}is=
① 私の従弟は{[〔(私)より〕若きこと]三年}である。
(04)
② He was《walking〈with{a-dog[in〔the-park(this morning)〕]}〉》⇒
② He《〈{[〔(this morning)the-park〕in]a-dog}with〉walking》 was=
② 彼は《〈{[〔(今朝)公園〕を]一匹の犬}を連れて〉歩いて》ゐた。
(05)
③ I don't《think〈that{Antlers will[be〔the-chanpion(this year)〕]}〉》⇒
③ I 《〈{Antlers [〔(this year)the-chanpions〕be]will}that〉think》don't=
③ 私は《〈{アントラーズが[〔(今年の)チャンピオン〕になる]であらう}といふことを〉思は》ない。
(06)
④ I will「send《new-rice〈to{you[by〔courier-service(next week)〕]}〉》」⇒
④ I 「《〈{[〔(next week)courier-service〕by]you}to〉new-rice》send」will=
④ 私は「《〈{[〔(来週)宅急便〕で]あなた}に〉新米を》送りま」せう。
(07)
⑤ We keep『our-rooms「warm《day-and-night〈in{winter[ because〔my parents are(old)〕]}〉》」』⇒
⑤ We 『「《〈{[ 〔my parents(old) are〕because]winter}in〉day-and-night》warm」our-rooms』keep=
⑤ 我々は『「《〈{[ 〔両親が(高齢)である〕が故に]冬}は〉昼も夜も》暖かく」部屋を』保ってゐる。
(08)
⑥ You must(study【English『much-harder「to《become〈a-googler{like[your-father〔in(the future)〕]}〉》」』】)⇒
⑥ You (【『「《〈{[〔(the future)in〕your-father]like}a-googler〉become》to」much-harder』English】study)must=
⑥ あなたは(【『「《〈{[〔(将来)に〕あなたの父]のやうな}クーグルの職員に〉なるよう》に」もっと一生懸命』英語を】勉強し)なければならない。
(09)
⑦ I am{not[necessarily a-person〔who(tries【to『understand「Chinese-classics《by〈using{the-method[of〔understanding(English)〕]}〉》」』】)〕]}⇒
⑦ I {[necessarily 〔(【『「《〈{[〔(English)understanding〕of]the-method}using〉by》Chinese-classics」understand』to】tries)who〕a-person]not}am=
⑦ 私は{[必ずしも〔(【『「《〈{[〔(英語を)理解する〕の]方法を}用ゐること〉に依って》漢文を」理解し』ようと】試みる)所の〕人では]ない}のである。
然るに、
(10)
日本語は「方分枝構造」であり、英語は「方分枝構造」を特色としている。
(小松達也、通訳の英語 日本語、2003年、98頁)
従って、
(01)~(10)により、
(11)
⑦ I am{not[necessarily a-person〔who(tries【to『understand「Chinese-classics《by〈using{the-method[of〔understanding(English)〕]}〉》」』】)〕]}⇒
⑦ I {[necessarily 〔(【『「《〈{[〔(English)understanding〕of]the-method}using〉by》Chinese-classics」understand』to】tries)who〕a-person]not}am=
⑦ 私は{[必ずしも〔(【『「《〈{[〔(英語を)理解する〕の]方法を}用ゐること〉に依って》漢文を」理解し』ようと】試みる)所の〕人では]ない}のである。
のやうな、「英語の語順」に対する「日本語の語順」は、むしろ、「典型的」である。
然るに、
(12)
⑦ I am{not[necessarily a-person〔who(tries【to『understand「Chinese-classics《by〈using{the-method[of〔understanding(English)〕]}〉》」』】)〕]}.
であれば、
⑦「必要」とする「括弧」の「種類」は、
⑦{[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}
による、
⑦「13種類」である。
然るに、
(13)
⑧ 何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)〕。秦必疑(楚)、不〔信(周)〕。是韓不(伐)也]、又謂(秦)曰[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也。周不〔敢不(受)〕]}〉⇒
⑧ 何〈{人(韓公叔)謂[秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不。秦必(楚)疑、〔(周)信〕不。是韓(伐)不也]曰、又(秦)謂[韓彊(周地)与、且〔以(周於秦)疑〕也。周〔敢(受)不〕不]曰}令〉不=
⑧ 何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて[秦の敢へて(周)を絶って(韓を)伐たんとするは、(東周を)信ずればなり、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕ざる、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕ざらん。是れ韓(伐たれ)ざらんと]曰ひ、又(秦に)謂ひて[韓彊ひて(周に地を)与ふるは、且に〔以て(周を秦に)疑はしめん〕なり。周〔敢へて(受け)ずんば〕あらずと]曰は}令め〉ざる。
従って、
(13)により、
(14)
⑧ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受 ⇒
⑧ 何ぞ 人をして 韓の公叔に 謂ひて 秦の敢へて 周を 絶って 韓を 伐たんとするは 東周を 信ずればなり 公何ぞ 周に地を 与へ 質使を 発して 楚に 行かしめ ざる 秦必ず 楚を 疑ひ 周を 信ぜ ざらん 是れ 韓 伐たれ ざらんと 曰ひ 又 秦に 謂ひて 韓 彊ひて 周に地を 与ふるは 且に 以て 周を秦に 疑はしめんとする なり 周 敢へて 受け ずんば あらずと 曰は 令め ざる。
のやうな「最も長い、漢文訓読」ですら、
⑧「必要」とする「括弧」は、
⑧ 〈{[〔( )〕]}〉
による、わずかに、
⑧「五種類」に過ぎない。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
いづれにせよ、
⑦ I am not necessarily a person who tries to understand Chinese classics by using the method of understanding English.
といふ「英文(18語)」を、「訓読」する際に「必要」な「括弧の種類の数」は、
⑧ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受。
といふ「漢文(61語)」を、「訓読」する際に「必要」な「括弧の種類の数」の、(12÷5=2.4)倍に、達する。

従って、
(16)
この場合であれば、「英文」は、「漢文」の、
(12÷5)×(61÷18)≒(8倍)
の「括弧の種類」を、「必要」とする。
然るに、
(17)
⑦ I am{not[necessarily a-person〔who(tries【to『understand「Chinese-classics《by〈using{the-method[of〔understanding(English)〕]}〉》」』】)〕]}
といふ「括弧」を、「返り点」で表すと、「返り点」は、
⑦ I am{not[necessarily a-person〔who(tries【to『understand「Chinese-classics《by〈using{the-method[of〔understanding(English)
に於ける、
⑦{[〔(【『「《〈{[〔( )
に対応するため、「必要な返り点」は、
(a) レ
(b) 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 ・ ・ ・ ・ ・
(c) 上 中 下
(d) 甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(e) 天 地 人
の内の、「種類」としては、
(b)十四 十三 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
といふ「一二点」だけである。
然るに、
(18)
⑧ 何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受。
に付く「返り点」は、
⑧ レ  二 一  レ レ 二 一  二 一 二 一 レ レ レ レ レ レ  二 一 三 二 一  
である。
加へて、
(19)
⑨ 我非{必求[ 以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也⇒
⑨ 我{必[〔(英文)解法〕以(漢文)解]求者}非也=
⑨ 我は{必ずしも[ 〔(英文を)解する法を〕以って(漢文を)解せんことを]求むる者に}非らざるなり。
であれば、「返り点」は、
   二 一    
である。
従って、
(15)(19)により、
(20)
⑨ 我非必求以解英文法解漢文者也。
⑦ I am not necessarily a person who tries to understand Chinese classics by using the method of understanding English.
に対する「返り点」は、それぞれ、
   二 一    
⑦ 十四 十三 十二 十一 十 九 八 七 六 五 四 三 二 一
である。
従って、
(10)(20)により、
(21)
日本語は「左方分枝構造」であり、英語は「右方分枝構造」を特色としている。
といふ「言ひ方」は、飽く迄も、
英語と比較するからこそ、
さう言へるのであって、
漢文と比較すれば、
日本語は「左方分枝構造」ではなく、
日本語は「左右、両方向、分枝構造」である。
従って、
(21)により、
(22)
漢文の語順」と、「日本語の語順」の「関係」は、
英文の語順」と、「日本語の語順」の「関係」と、「同じ」ではない
従って、
(23)
⑩ 我読之書。
⑪ I read this book.
のやうな「漢文と英語の語順」は「同じ」であっても、
① 我従弟少於我三歳。
① My cousin is three years younger than I.
⑨ 我非必求以解英文法解漢文者也。
⑦ I am not necessarily a person who tries to understand Chinese classics by using the method of understanding English.
のやうな、「漢文と英語の語順」に関しては、「同じではない」としか、言ひようがない。
然るに、
(24)
とある高校教師S @hellohellock 2017-01-02 19:37:11
英文も漢文も語順が基本的に同じなのにどうして漢文はいちいち返り点を打ってまで日本語の順番に直して(しかも古文風に)読む必要があるのか。英語と同じく、主語・動詞・目的語を見つけて読めばいいじゃないかと思う。
「漢文を横書きにしてSVOで読み進める手法」を提唱したい。返り点は廃止。
(25)
とある高校教師S @hellohellock 2016-11-13 09:55:52
漢文教育も、いつまでも「白文」「訓読文」「書き下し文」にこだわらず、せっかく文法体系の似ている英語を教えているんだから、SVOとかSVOCとかで教えてもいいと思うんだよね。「国語」の範囲をいつまでたっても抜け出せないのはもったいない。
(26)
とある高校教師S @hellohellock 2017-01-02 19:41:40
「漢文に返り点をつけて読む」というのは、「漢文を日本語風に読むために考えられた便宜的手法」であって、例えば英語圏の人間が漢文を学んでも絶対に「返り点」などという発想は出てこない。漢文に返り点を打つなら、英文にも全部返り点を打って読めばいい。馬鹿馬鹿しさが分かる。
従って、
(22)~(26)により、
(27)
「英文も漢文も語順が基本的に同じなのに」といふ「発想」自体が、固より「マチガイ」である。
(28)
繰り返し述べるものの、
⑨ 我非{必求[ 以〔解(英文)法〕解(漢文)]者}也。
の場合は、「左右方向、分枝構造」であるのに対して、
⑦ I am{not[necessarily a-person〔who(tries【to『understand「Chinese-classics《by〈using{the-method[of〔understanding(English)〕]}〉》」』】)〕]}
の場合は、は「方向、分枝構造」であるため、
⑨ 我非必求以解英文法解漢文者也。
といふ「漢文の構造」と、
⑦ I am not necessarily a person who tries to understand Chinese classics by using the method of understanding English.
といふ「英文の構造」は、「お互いに、似ても似つかない」。
加之(しかのみならず)、
(29)
そして重野の講演を後れること七年、文化大学の講師を務めていたイギリス人チャンバレン氏も一八八六年『東洋学芸雑誌』第六一号に「支那語読法ノ改良ヲ望ム」を発表し、「疑ハシキハ日本人ノ此支那語ヲ通読スル伝法ナリ、前ヲ後ニ変へ、下ヲ上ニ遡ラシ、本文ニ見へザル語尾ヲ附シ虚辞ヲ黙シ、若クハ再用スル等ハ、漢文ヲ通読スルコトニアランヤ。寧ロ漢文ヲ破砕シテ、其片塊ヲ以テ随意ニ別類ノ一科奇物ヲ増加セリト云フヲ免カレンヤ。」「畢竟日本語ハ日本ノ言序アリ、英語ハ英ノ語次存スルコトは皆々承知セリ、唯支那語ニノミ治外法権ヲ許ルサズシ権内ニ置クハ何ソヤ」(「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語、中村春作・市來津由彦・田尻祐一郎・前田勉 共編、2008年、50頁)。
従って、
(30)
まず第一に、「返り点は廃止」といふ「とある高校教師S」さんの「提言」は、聞く人によっては、百三十年以上も前から、繰り返し、「耳にタコが出来るほど、聞かされて来た話」である。
従って、
(31)
「とある高校教師S」の「提言」が「正しい」のであれば、「さのやうな提言」は、「二十世紀の間」に、「実現」してゐたことになる。
従って、
(32)
「漢文訓読」といふ「現象」は、少なくとも、
「畢竟日本語ハ日本ノ言序アリ、英語ハ英ノ語次存スルコトは皆々承知セリ、唯支那語ニノミ治外法権ヲ許ルサズシ権内ニ置クハ何ソヤ」
と言へば、それで「お終い」になるやうな、「単純なもの」ではない。
平成29年02月17日、毛利太。
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