「対偶」について。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案
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「対偶」について。

(01)
kjlwn38さん2016/10/718:23:45
【命題 数学】
よくいう
PならばQが正しい時、
Qでないならば、Pでないも正しい
という所謂、対偶ですが、
本当にそうですかね。まぁ考えても意味ないですが、
数学が好きなら国語も好きである
が正しい時、
国語が好きでないなら、数学も好きでない。
なんて言えないだろ???
(02)
① 数学が好きであって、国語が好きでない
② 国語が好きでなくて、数学が好きである。
といふ「日本語」に於いて、
①=②
であることは、「論理学や数学」を習ふまでもなく、「そんなのは、常識である」。
然るに、
(03)
① 数学が好きであって、国語が好きでない
② 国語が好きでなくて、数学が好きである。
といふ「日本語」に於いて、
①=②
であるならば、「当然」、
①(数学が好きであって、国語が好きでない。)といふことはない
②(国語が好きでなくて、数学が好きである。)といふことはない
といふ「日本語」に於いても、
①=②
である。
然るに、
(04)
①(数学が好きであって、国語が好きでない。)といふことはない
といふことは、
① 数学が好きなら、国語も好きである。
といふことに、他ならない。
(05)
②(国語が好きでなくて、数学が好きである。)といふことはない
といふことは、
② 国語が好きでないなら、数学も好きでない
といふことに、他ならない。
従って、
(03)(04)(05)により、
(06)
①(数学が好きであって、国語が好きでない。)といふことはない
②(国語が好きでなくて、数学が好きである。)といふことはない
といふ「日本語」に於いても、
①=②
であるならば、
① 数学が好きであるなら、国語も好きである。
② 国語が好きでないなら、数学も好きでない
といふ「日本語」に於いても、
①=②
である。
然るに、
(07)
① 数学が好きであるなら、国語も好きである。
② 国語が好きでないなら、数学も好きでない
などといふことは、「常識的」には、「ウソ」である。
然るに、
(08)
「常識的」には、「ウソ」である。といふことと、
「論理的」には、「妥当」である。といふことを、「混同」すべきではない。
(09)
「論理学」としては、
① ~(P&~Q)=      ~P∨ Q= P→ Q
② ~(~Q&P)=~(~Q)∨~P=~Q→~P
に於いて、
①=②
であるため、
①  P→ Q=PであるならばQである。
② ~Q→~P=QでないならばPでない。
に於いて、
①=②
である。
然るに、
(10)
① ~(P&~Q)=    ~P∨  Q= P→ Q
② ~(~Q&P)=~(~Q)∨~P=~Q→~P
といふ「論理学(の理屈)」を学ばなくとも、もう一度、
(01)~(06)を読んで貰へれば、
① PであるならばQである。
② QでないならばPでない
といふ「日本語」に於いても、
①=②
である。といふことは、分って貰へると、思はれる。
平成29年04月26日、毛利太。
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