「漢文訓読」のメリット。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

「漢文訓読」のメリット。

(01)
君子不困人 
従って、
(02)
於=に
不=ず
であって、尚且つ、
に=に
ず=ず
であるとする。
然るに、
(01(02)により、
(03)
① 君子不困人於阨=
① 君子不[困〔人於(阨)〕]⇔
① 君子[〔人(阨)於〕困]不=
① 君子は[〔人(阨)に〕困しめ]ず。
に於いて、
① 不[ ]⇔[ ]ず
① 困〔 〕⇔〔 〕苦しめ
① 於( )⇔( )に
である。
従って、
(02)(03)により、
(04)
① 君子不困人於阨=
① 君子不[困〔人於(阨)〕]⇔
① 君子[〔人(阨)於〕困]不=
① 君子は[〔人(阨)に〕困しめ]ず。
に於いて、
① 不=ず
① 困=苦しめ
① 於=に
の「位置」が、「漢文」と「訓読」では、「反対」になる。
然るに、
(05)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。
(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)
従って、
(04)(05)により、
(06)
① 君子不困人於阨=
① 君子不[困〔人於(阨)〕]⇔
① 君子[〔人(阨)於〕困]不=
① 君子は[〔人(阨)に〕困しめ]ず。
に於ける、
①[ 〔 ( ) 〕 ]
①[ 〔 ( ) 〕 ]
といふ「括弧」は、
① 君子不困人於阨。⇔
① 君子は人を阨に困しめず。
といふ「漢文訓読」に於ける、『補足構造』を、示してゐる。
従って、
(01)(06)により、
(07)
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}⇔
② 君子{[其〔(人)養〕所‐以者]以(人)害}不=
② 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所‐以の者を]以て(人を)害せ}ず。
に於ける、
②{ [ 〔 ( ) 〕 ]( ) }
②{ [ 〔 ( ) 〕 ]( ) }
といふ「括弧」は、
② 君子不以其所以養人者害人。⇔
② 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「漢文訓読」に於ける、『補足構造』を、示してゐる。
cf.
② 其=君子
② 者=君子所以養人
② 君子は、人々を養ふ際の手段(土地)のために、人々を害するやうなことはしない。
従って、
(08)
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}⇔
② 君子{[其〔(人)養〕所‐以者]以(人)害}不=
② 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所‐以の者を]以て(人を)害せ}ず。
といふ「漢文・訓読」に於いて、
②{ [ 〔 ( ) 〕 ]( ) }
②{ [ 〔 ( ) 〕 ]( ) }
といふ『補足構造』自体は、「同一」であって、「変りが無い
従って、
(01)(08)により、
(09)
② 君子不其所二‐以養 一レ人者甲レ人。
② 君子不其所三‐以養
に於ける、
② 乙 下 二 一レ 上 甲レ
② 丙 下 三 二 一 上 乙 甲
といふ「返り点」も、
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}⇔
② 君子{[其〔(人)養〕所‐以者]以(人)害}不=
② 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所‐以の者を]以て(人を)害せ}ず。
といふ「漢文訓読」に於ける、『補足構造』を、示してゐる。
然るに、
(10)
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}⇔
② 君子{[其〔(人)養〕所‐以者]以(人)害}不=
② 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所‐以の者を]以て(人を)害せ}ず。
といふ「漢文訓読」に於いて、
② 君子不 以 其所 以 養 人  者 害 人  。
② 君子  其  人 養 所 以者 以 人 害 不。
といふ「漢字」自体は、「変らない」。
従って、
(08)(10)により、
(11)
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}⇔
② 君子{[其〔(人)養〕所‐以者]以(人)害}不=
② 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所‐以の者を]以て(人を)害せ}ず。
といふ「漢文訓読」に於いて、
(Ⅰ)漢字。
(Ⅱ)構造。
(Ⅲ)語順。
といふ「三つ」の中の、
(Ⅰ)漢字
(Ⅱ)構造
といふ「二つ」は、「保存」される。
然るに、
(12)
国語漢語と現代中国語くいちがいを示すひとつのパターンは、国語漢語は中国古典の語彙をかなり残し、現に使用しているが、本場の中国においては、その言葉が死語になっていて、現在では別のいいかたふつうになっているという場合である。
(鈴木修次、漢語と日本人、1978年、206・7頁)
然るに、
(13)
② 君子不以其所以養人者害人。⇒
③ 君子不拿用来养活人的东西害人。
(Webサイト:古诗文网)
に於いては、
③ には、果たして、
②    以其所以養者 といふ「漢字」が無く
② には、
③    拿用来养活 的东西 といふ「漢字」が無い
従って、
(13)により、
(14)
② 君子不以其所以養人者害人。⇒
③ 君子不拿用来养活人的东西害人。
といふ「漢文・中国語訳」に於いて、
(Ⅰ)漢字。
(Ⅱ)構造。
(Ⅲ)語順。
といふ「三つ」の中の、少なくとも、
(Ⅰ)漢字
に関しては、「保存」されない
然るに、
(15)
例へば、「孝莫大於厳父、厳父莫大於配天」というところが、白話訳では「孝的勾當都無大似父親的、敬父親的勾當便似敬天一般」となっている。両者の違いは一目瞭然であろう(続訓読論、川島優子 他、2010年、312頁改)。中国語の文語文(つまり漢文)は、漢字の表意文字たる性質を十二分に生かして、簡潔な表現になっておりますから、訓読に非常に適しています。これに対し、白話(口語)の文章は、熟語や助字が多く、冗長です。そのため訓読には不向きなのです(Webサイト:日本漢文の世界)。
従って、
(14)(15)により、
(16)
② 君子不以其所以養人者害人。⇒
③ 君子不拿用来养活人的东西害人。
といふ「漢文・中国語訳」に於いて、
(Ⅰ)漢字。
(Ⅱ)構造。
(Ⅲ)語順。
といふ「三つ」は、「三つ」とも「保存」されない
といふ風に、「予想」される。
然るに、
(17)
括弧は、論理演算子のスコープ(scope)を明示する働きを持つ。スコープは、論理演算子の働きが及ぶ範囲のことをいう。
(産業図書、数理言語学辞典、2013年、四七頁:命題論理、今仁生美)
従って、
(17)により、
(18)
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}。
であるならば、
② 不  は、{以其所以養人者害人}に「掛ってゐる」。
② 以  は、 [其所以養人者]  に「掛ってゐる」。
② 所以 は、   所以〔養人〕  に「掛ってゐる」。
② 養  は、      (人)  に「掛ってゐる」。
② 害  は、        (人)に「掛ってゐる」。
然るに、
(19)
管到というのは「上の語が、下のことばのどこまでかかるか」ということである。なんことはない。諸君が古文や英語の時間でいつも練習している、あの「どこまでかかるか」である。漢文もことばである以上、これは当然でてくる問題である。管到の「管」は「領(おさめる)」の意味とほぼ同じと考えてよい。
(二畳庵主人、漢文文法基礎、1984年、389頁)
従って、
(07)(17)(18)(19)により、
(20)
② 君子不以其所以養人者害人=
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}⇔
② 君子{[其〔(人)養〕所‐以者]以(人)害}不=
② 君子は{[其の〔(人を)養ふ〕所‐以の者を]以て(人を)害せ}ず。
に於ける、
②{ [ 〔 ( ) 〕 ]( ) }
②{ [ 〔 ( ) 〕 ]( ) }
といふ「括弧」は、
② 君子不以其所以養人者害人。⇔
② 君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。
といふ「漢文・訓読」に於ける、『管到(補足構造)』を、示してゐる。
然るに、
(21)
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」に於いて、
② 不  は、{以其所以養人者害人}に「掛ってゐる」。
② 以  は、 [其所以養人者]  に「掛ってゐる」。
② 所以 は、   所以〔養人〕  に「掛ってゐる」。
② 養  は、      (人)  に「掛ってゐる」。
② 害  は、        (人)に「掛ってゐる」。
といふことが、「事実」であって、尚且つ、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」に於いて、
② 不  は、{以其所以養人者害人}に「掛ってゐる」。
② 以  は、 [其所以養人者]  に「掛ってゐる」。
② 所以 は、   所以〔養人〕  に「掛ってゐる」。
② 養  は、      (人)  に「掛ってゐる」。
② 害  は、        (人)に「掛ってゐる」。
といふことを、「或る人」が、「知らない」のであれば、「その人」は、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」を、「理解」出来ない。はずである。
(22)
④ それは我々に、彼が偉大な人間であるということを、思い出させる。⇔
④ It reminds us that he is a great man(グーグル翻訳).
であるものの、「英文・訓読」は、
④ It reminds us that he is a great man.=
④ It reminds[us that〔he is(a great man)〕].⇔
④ It [us〔he (a great man)is〕 that]reminds.=
④ それは[我々に〔彼が(偉大な人間)である〕といふことを]思ひ出させる。
である。
然るに、
(23)
⑤ It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
に対して、
⑤ 《〈{[〔(【『「《〈{[〔( )〕]}〉》」』】)〕]}〉》
を用ゐるならば、「英文・訓読」は、
⑤ It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.=
⑤ It reminds〈us{that[while《we may〈be{a-nation[divided〔on(policies)〕]}〉》, we are〔a-country(that【stands『united「in《condemning〈hate-and-evil{in[all〔of(its very ugly forms)〕]}〉》」』】)〕]}〉.⇒
⑤ It 〈{[《we 〈{[〔(policies)on〕divided]a-nation}be〉may》while, we 〔(【『「《〈{[〔(its very ugly forms)of〕all]in}hate-and-evil〉condemning》in」united』stands】that)a-country〕are]that}us〉reminds.=
⑤ そのことは〈{[《我々が〈{[〔(政策)に於いて〕分断された]国民}である〉かのやうに思へるに》せよ, 我々が〔(【『「《〈{[〔(非常に醜い形)の〕あらゆる状態]にある}憎しみや悪を〉非難すること》に於いて」団結した』状態にある】所の)国家〕である]といふことを}我々に〉気付かせてくれる.
である。
従って、
(19)(20)(23)により、
(24)
例へば、私の場合は、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」の、『管到(補足構造)』を「把握」出来ないのであれば、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」を、「訓読」出来ない
⑤ It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
といふ「英文」の、『管到(補足構造)』を「把握」出来ないのであれば、
⑤ It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
といふ「英語」を、「訓読」出来ない
然るに、
(25)
⑤ It reminds us that while we may be a nation divided on policies, we are a country that stands united in condemning hate and evil in all of its very ugly forms.
といふ「英文」の「意味」が、「チンプンカンプン(GREEK TO ME)」であって、
⑤ イット リマインズ ミー ザット フォワイル ウィ メイ ビー ア ネーション ディバイディッド オン ポリシーズ、ウィ アー ア カントリー ザット スタンズ ユナテッド イン コンデミング ヘイト アンド イビル イン オール オブ イッツ ベリー アグリー フォームズ。
といふ風に、「読むだけ」であるならば、「極めて、簡単」である。
然るに、
(26)
博士課程後期に六年間在学して訓読が達者になった中国の某君があるとき言った。「自分たちは古典を中国音音読することができる。しかし、往々にして自ら欺くことがあり、助詞などいいかげんに飛ばして読むことがある。しかし日本式の訓読では、「欲」「将」「当」「謂」などの字が、どこまで管到して(かかって)いるか、どの字から上に返って読むか、一字もいいかげんにできず正確に読まなければならない」と、訓読が一字もいやしくしないことに感心していた。これによれば倉石武四郎氏が、訓読は助詞の類を正確に読まないと非難していたが、それは誤りで、訓読こそ中国音で音読するよりも正確な読み方なのである。
(原田種成、私の漢文 講義、1995年、27頁)
従って、
(24)(25)(26)により、
(27)
例へば、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」に於いて、
② 不  は、{以其所以養人者害人}に「掛ってゐる」。
② 以  は、 [其所以養人者]  に「掛ってゐる」。
② 所以 は、   所以〔養人〕  に「掛ってゐる」。
② 養  は、      (人)  に「掛ってゐる」。
② 害  は、        (人)に「掛ってゐる」。
といふことが、「事実」であって、尚且つ、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」に於いて、
② 不  は、{以其所以養人者害人}に「掛ってゐる」。
② 以  は、 [其所以養人者]  に「掛ってゐる」。
② 所以 は、   所以〔養人〕  に「掛ってゐる」。
② 養  は、      (人)  に「掛ってゐる」。
② 害  は、        (人)に「掛ってゐる」。
といふことを、「或る人」が、「知らない」のであれば、「その人」が、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」を、「理解」出来ない。はずである。といふことは、
中国語」を「母語」とする者であって、「日本語」を「母語」とする者であっても、「変りが無い」。はずである。
然るに、
(28)
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」に於いて、
② 不  は、{以其所以養人者害人}に「掛ってゐる」。
② 以  は、 [其所以養人者]  に「掛ってゐる」。
② 所以 は、   所以〔養人〕  に「掛ってゐる」。
② 養  は、      (人)  に「掛ってゐる」。
② 害  は、        (人)に「掛ってゐる」。
といふことは、
② 君子不以其所以養人者害人。
といふ「漢文」に、
② 君子不{以[其所‐以〔養(人)〕者]害(人)}。
といふ「補足構造」が有る。といふことに、他ならない。
平成29年06月17日、毛利太。
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