私は・私が・私も大野です。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案

私は・私が・私も大野です。

(01)
これまでに、何度も書いたものの、
① 東京は日本である。
① 東京は日本の首都である。
といふ「日本語」は、両方とも、「本当」である。
(02)
② 東京日本である。
③ 日本は東京である。
④ 東京以外は日本ではない。
といふ「日本語」は、三つとも、「ウソ」である。
(03)
② 東京日本の首都である。
③ 日本の首都は東京である。
④ 東京以外は日本の首都ではない。
といふ「日本語」は、三つとも、「本当」である。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
① AはBである。
② Aである。
はAである。
④ A以外はBでない
に於いて、必ずしも、
①=② ではないが、必ず
  ②=③=④ である。
(05)
①  私x(xは私である)=
① 目前x(xはあなたの目の前にゐる)。
とする。
従って、
(05)により、
(06)
① 私は大野です。
といふ「日本語」は、
① ∃x(目前x&大野x)=
① あるxはあなたの目前にゐるて、そのxは大野である。
といふ「述語論理」に、「翻訳」される。
然るに、
(04)により、
(07)
② 私大野です。
といふ「日本語」は、
② 私だけが大野です。
といふ「意味」である。
然るに、
(08)
② xだけが大野である。
といふことは、
② xと「同一人物」でない者は、いかなるyであっても大野ではない。
といふことである。
(09)
② xと「同一人物」でない者は、いかなるyであっても大野ではない。
といふことは、
② ∀y[~(y=x)→~(大野y)]=全てのyについて、yとxが「同じ」でなければ、yは大野ではない。
といふことである。
然るに、
(10)
② AがBである。
といふこと、すなはち、
② AだけがBである。
といふことは、
② AでないならばBでない
といふことに、他ならない。
然るに、
(11)
(a)
1  (1)~A→~B 仮定
 2 (2)    B 仮定
  3(3)~A    仮定
12 (4)   ~B 13前件肯定
123(5) B&~B 24&導入
12 (6) A    35背理法
1  (7) B→ A 26条件法
(b)
1  (1) B→ A 仮定
 2 (2)   ~A 仮定
  3(3) B    仮定
12 (4)    A 13前件肯定
123(5) A&~A 42&導入
12 (6)~B    35背理法
1  (7)~A→~B 26条件法
従って、
(10)(11)により、
(12)
② Aでないならばない
といふことは、
ならばAである。
といふことに、他ならない。
cf.
「対偶(Contrapositon)」は、等しい。
従って、
(12)により、
(13)
② ~(y=x)→~(大野y)=「xと同一のyでなければ大野ではない。」
といふことは、
②  (大野y)→ (y=x)=「yが大野ならば、yはxと同一である。」
といふことに、他ならない。
従って、
(09)(13)により、
(14)
② ∀y[~(y=x)→~(大野y)]
といふことは、
② ∀y[ (大野y)→ (y=x)]
といふことに、他ならない。
従って、
(06)(09)(14)により、
(15)
② 私大野です。
といふ「日本語」は、
② ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)]}=
② あるxはあなたの目前にゐて、そのxは大野であって、全てのyについて、yが大野であるならば、yとxは「同一」である。
といふ「述語論理」に、「翻訳」される。
(16)
③ 大野夫妻がゐる。とすると、
③ ミスター大野と、ミセス大野は、別人である。
従って、
(17)
③ 大野夫妻がゐる。とすると、
③ 二人の別人の大野さんがゐる。
然るに、
(18)
③ 今、ここには、「大野夫妻」以外に、「大野さんはゐない」ものとする。
(19)
③ 夫である大野さん=x
③ 妻である大野さん=z
とする。
従って、
(16)~(19)により、
(20)
③ いかなるyであっても、yが大野であるならば、yはxであるか、yはzであり、yとzは、別人である。
然るに、
(21)
③ いかなるyであっても、yが大野であるならば、yはxであるか、yはzであり、yとzは、別人である。
といふことは、
③ 全てのyについて、yが大野であるならば、yはxであるか、yはzであり、yとzは、別人である。
といふことである。
従って、
(06)(21)により、
(22)
③ 私大野です。
といふ「日本語」は、
③ ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)∨(y=z)&~(y=z)]}=
③ あるxはあなたの目前にゐて、そのxは大野であって、全てのyについて、yが大野であるならば、yはxであるか、yはzであり、yとzは、別人である。
といふ「述語論理」に、「翻訳」される。
cf.
{(y=x)か(y=z)}={~(y=x)→(y=z)}={~(y=z)→(y=x)}の「か」は、すなはち、
{(y=x)∨(y=z)}={~(y=x)→(y=z)}={~(y=z)→(y=x)}の「∨」は、{(y=x)&(y=z)}であることを、「否定」しない。
従って、
(06)(15)(22)により、
(23)
① 私は大野です。
② 私が大野です。
③ 私も大野です。
といふ「日本語」は、それぞれ、
① ∃x(目前x&大野x)。
② ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)]}。
③ ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)∨(y=z)&~(y=z)]}。
といふ「述語論理」に、「翻訳」される。
従って、
(23)により、
(24)
① 私大野です=私は大野です。
② 私大野です=私大野です+∀y[大野y→(y=x)]。
③ 私大野です=私大野です+∨(y=z)&~(y=z)。
といふ「等式」が成立する。
然るに、
(25)
「日本語で人称代名詞と呼ばれているものは構文的に名詞に過ぎない」と明らかに宣言すべきである。
(金谷武洋、日本語に主語はいらない。2002年、34頁)
従って、
(24)(25)により、
(26)
①「私」ではなく、xといふ「主語」が、「私は大野です。」と言ふのであれば、xは、x以外に関しては、「何も言ってゐない。」
②「私」ではなく、xといふ「主語」が、「私が大野です。」と言ふのであれば、xは、x自身と、全てのyについて、「言ってゐる。」
③「私」ではなく、xといふ「主語」が、「私も大野です。」と言ふのであれば、xは、x自身と、全てのyと、xとは別人のzについて、「言ってゐる。」
然るに、
(27)
③ 私大野です=私が大野です+∨(y=z)&~(y=)。
ではなく
③ 私大野です=私が大野です+∨(y=y)&~(y=)。
であると「仮定」する。
然るに、
(28)
③ ~(y=y) は、「矛盾」であるため、
③  (y=y) でなければ、ならない。
従って、
(27)(28)により、
(29)
③ 私も大野です=私が大野です+∨(y=y)&~(y=y)。
ではなく、
③ 私も大野です=私が大野です+∨(y=y)& (y=y)。
であって、それ故、
③ 私も大野です=私が大野です+∨( 真 )& ( 真 )。
である。
従って、
(24)(29)により、
(30)
③ ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)∨(真)&(真)]}。
であるものの、
③ ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)∨(真)&(真)]}。
といふ「式」は、
② ∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)]}。
といふ「式」に、他ならない。
cf.
 {(1∨1)&1}=1
 {(0∨1)&1}=1
  ∴
 P が、「真(1)」であっても、
 P が、「偽(0)」であっても、
 {(P∨1)&1}=1 である。
  ∴
   P         に於ける、「Pの真理値」と、
 {(P∨1)&1}=1 に於ける、「Pの真理値」は、「等しい」。
従って、
(27)~(30)により、
(31)
② 私垣見五郎兵衛である=∃x{目前x& the 垣見x&∀y[the 垣見y→(y=x)]}。
③ 私垣見五郎兵衛である=∃x{目前x& the 垣見x&∀y[the 垣見y→(y=x)∨(y=z)&~(y=z)]}。
に於いて、② と ③ は「矛盾」する。
然るに、
(32)
37講 初めに格助詞「・の」です。両者は非常によく似ています(武藤元昭、0からわかる古文、1997年、100頁)。
すなはち、
(33)
④ 君の家、私の国、君の行く道、博士の愛した数式。
に対して、
⑤ 君が世、我が国、君が行く道、博士が愛した数式。
であるため、「」と「の」は、非常によく似てゐる。
従って、
(32)(33)により、
(34)
④ 博士の愛した数式(がある)=∃y{∃x(博士x&数式y&愛xy)}。
⑤ 博士愛した数式(がある)=∃y{∃x(博士x&数式y&愛xy)}。
に於いて、
④「博士の」の「の」は、「格助詞」である。
⑤「博士が」の「が」も、「格助詞」である。
然るに、
(35)
⑥ 口耳の間は四寸のみ
に於いて、
⑥「のみ」は「助詞」である。
然るに、
(36)
① AはBなり(AはBである)。
② AもBなり(AもBである)。
③ AのみBなり(AがBである)。
に於いて、
①「は」と、
②「も」が、「係助詞」であるならば、
③「のみ」であっても、「助詞」でない、はずがない。
加へて、
(37)
44講 助詞「」のはたらき
副助詞と同じく、それがなくても意味が通じるという類の助詞に、掛助詞があります。副助詞と働きが似ているところから、助詞として扱う文法書もありますが、ここでは別に扱います(武藤元昭、0からわかる古文、1997年、100頁)。
従って、
(37)により、
(38)
」は、「助詞」と言へば、「助詞」であって、「助詞」と言へば、「助詞」である。
従って、
(35)(36)(38)により、
(39)
「ある助詞」が、ある場合に、「助詞」であって、ある場合に、「助詞」であるとしても、不都合はない。
従って、
(45)
「ある助詞」が、ある場合に、「助詞」であって、ある場合に、「助詞」であるとしても、不都合はない。
従って、
(41)
⑤ 博士愛した数式(がある)=∃y{∃x(博士x&数式y&愛xy)}。
に於ける、「が」が「助詞」であって、
② 私大野です=∃x{目前x&大野x&∀y[大野y→(y=x)]}。
⑥ 象は鼻長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
に於ける、「が」が、「助詞」であるとしても、不都合はない。
然るに、
(42)
三上先生は、「三上章、象は鼻が長い、1982年、第13版、9・10頁」に於いて、
⑥ 象は鼻が長い。
⑦ 象長い鼻。
⑧ 父買ってくれたこの本。
といふ「例文」を用ゐて、「助詞の」と、「助詞の」を、「区別せずに、論じようと、してゐる。」
(43)
文末と呼応して一文を完成をする仕事が「ハ」の本務です。中身への関与の仕方は「ハ」の兼務です(三上章、象は鼻が長い、1982年、第13版、8頁)。
といふ「説明」は、はっきり言って、自分には、「何を言ひたのか」が、全く分からない。
(44)
日本語で典型的な文(センテンス)は、「Xは」で始まる題述関係の文です。公式で一括して、
 Xハウンヌン
 題目  述 部
と書くことができます(三上章、象は鼻が長い、1982年、第13版、8頁)。
といふのであれば、
① AはBである。
② Aである。
はAである。
④ A以外はBでない
に於いて、必ずしも、
①=② ではないが、必ず
  ②=③=④ である。
といふ「事実」を、三上先生は、どのやうに述べてゐる。
のだらうかと、「疑問」に思へるため、「三上章、象は鼻が長い、1982年、第13版」に、目を通すことにする。
平成30年02月12日、毛利太。
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