「象は鼻が長い。」といふ「日本語」に関連して、金谷先生に「質問(反論)」がもう一つ有り - 返り点に対する「括弧」の用法について提案
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「象は鼻が長い。」といふ「日本語」に関連して、金谷先生に「質問(反論)」がもう一つ有り

(01)
金谷先生から、「回答」が無い場合は、カナダにあるモントリオール大学への入学を果たし、「学生の身分(権利)」として、金谷先生の後任の先生に、「質問」に伺います。
(02)
ならば、「日本語に即した文法の樹立を」を目指すわれわれは「日本語で人称代名詞と呼ばれているものは、実は名詞だ」と宣言したい。どうしても区別したいなら「人称名詞」で十分だ。日本語の「人称代名詞」はこれからは「人称名詞」と呼ぼう。
(金谷武洋、日本語文法の謎を解く、2003年、40・41頁)
従って、
(02)により、
(03)
① 私は彼は好きです。
② 私は彼好きです。
であれば、
① 私(名詞)は彼(名詞)は好きです。
② 私(名詞)は彼(名詞)好きです。
である。
然るに、
(04)
① 私は彼は好きです。
② 私は彼好きです。
に於いて、
① であれば、「私は、彼以外好きである。」といふことを、「否定」しない。
② であれば、「私は、彼以外は好きでない。」といふことを、「肯定」する。
従って、
(04)により、
(05)
① 私(名詞)は彼(名詞)は好きです。
② 私(名詞)は彼(名詞)好きです。
といふ「日本語」は、それぞれ、
① ∃x{∃y(私x&彼y&好xy)}=
① あるxは私であって、あるyは彼であって、xはyを好きである。
② ∃x{私x&∀y[(彼y→好xy)&(~彼y→~好xy)]}=
② あるxは私であって、全てのyについて、yが彼ならばxはyを好きであって、yが彼でないならば、xはyを好きではない。
といふ「意味」である。
(06)
① サンマは目黒は美味い。
② サンマは目黒美味い。
に於いても、
① であれば、「サンマは、目黒以外美味い。  」といふことを、「否定」しない。
② であれば、「サンマは、目黒以外は美味くない。」といふことを、「肯定」する。
従って、
(06)により、
(07)
② サンマは目黒うまい=
② サンマは目黒は美味く、目黒以外はうまくない
といふ「意味」である。
然るに、
(08)
殿様が、海と無縁な場所(目黒)でとれた魚の方が美味いと信じ込んでそのように断言する、というくだりが落ちである。世俗に無知な殿さまを風刺する話でもある。
さんまを焼くと脂が多く出る。それでは体に悪いということで脂をすっかり抜き、骨がのどに刺さるといけないと骨を一本一本抜くと、さんまはグズグズになってしまう。こんな形では出せないので、椀の中に入れて出す。日本橋魚河岸から取り寄せた新鮮なさんまが、家臣のいらぬ世話により醍醐味を台なしにした状態で出され、これはかえって不味くなってしまった。殿様はそのさんまがまずいので、「いずれで求めたさんまだ?」と聞く。「はい、日本橋魚河岸で求めてまいりました」「ううむ。それはいかん。さんま目黒限る」(ウィキペディア)。
然るに、
(09)
② 全てのサンマ={目黒のサンマ50匹、日本橋魚河岸のサンマ50匹}
であるとする。
従って、
(09)により、
(10)
②「全てのxについて、xがサンマならば、」といふことは、
② xは「50+50=100匹」の「任意の1匹」である。
然るに、
(09)(10)により、
(11)
②「あるyは目黒のxであって、yはうまい」といふことは、
② yは、{目黒の50匹}の中の、少なくとも1匹であって、yはうまい。
然るに、
(09)(10)により、
(12)
②「全てのzについて、zが目黒のxでないならば、zはうまくない。」といふことは、
② zが{目黒の50匹}ではなく、zが{日本橋魚河岸の50匹}の中のサンマであるならば、zは例外なく、うまくない
従って、
(09)~(12)により、
(13)
② 全てのxについて、xがサンマならば、あるyは目黒のxであって、yはうまく、全てのzについて、zが目黒のxでないならば、zはうまくない。
といふことは、
② サンマは目黒に限る=
② サンマは目黒うまい=
② 目黒のサンマはうまく、日本橋魚河岸のサンマはうまくない。
といふことに、他ならない。
然るに、
(14)
全てのxについて、xがサンマならば、あるyは目黒のxであって、yはうまく、全てのzについて、zが目黒のxでないならば、zはうまくない。
といふ、「日本語」は、
② ∀x{サンマx→∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)}。
といふ「述語論理」に、「翻訳」される。
然るに、
(15)
全てのxについて、xがサンマならば、あるyは目黒のxであって、yはうまく、全てのzについて、zが目黒のxでないならば、zはうまくない。
といふのであれば、
② サンマといふ魚が存在する限り、
② 目黒の、うまいサンマが、存在することになる。
然るに、
(16)
1    (1)∀x{サンマx→∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)} A
1    (2)   サンマa→∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)  1UE
 3   (3)∃x(サンマx)                             A
  4  (4)   サンマa                              A
1 4  (5)      ∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)    24MPP   
1 4  (6)      ∃y(目黒yx&美味y)                   5&E
13   (7)      ∃y(目黒yx&美味y)                   346EE
1 4  (8)                 ∀z(~目黒zx→~美味z)      5&E 
13   (9)                 ∀z(~目黒zx→~美味z)      348EE
13   (ア)                    ~目黒bx→~美味b       9UE
   イ (イ)                           美味b       A
    ウ(ウ)                    ~目黒bx            A
13  ウ(エ)                          ~美味b       アウMPP
13 イウ(オ)                    ~美味b&  美味b       イエ&I
13 イ (カ)                   ~~目黒bx            ウオRAA
13 イ (キ)                     目黒bx            カDN
13   (ク)                         美味b→目黒bx    イキCP
13   (ケ)                      ∃z(美味z→目黒zx)   クEI
13   (コ)         ∃y(目黒yx&美味y)&∃z(美味z→目黒zx)   7ケ&I
13   (サ)∃x(サンマx)&∃y(目黒yx&美味y)&∃z(美味z→目黒zx)   3コ&I
13   (シ)あるxはサンマであって、あるyは目黒のxであって美味しく、あるzが美味しいならば、zは目黒のxである。
13   (ス)あるサンマはサンマであって、あるyは目黒のサンマであって美味しく、あるzが美味しいならば、zは目黒のサンマである。
13   (セ)従って、「サンマ目黒に限る。」
然るに、
(13)(16)により、
(17)
果たして、
② サンマは目黒に限る=
② サンマは目黒がうまい=
② サンマは目黒はうまく、目黒以外はうまくない
② ∀x{サンマx→∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)}=
② サンマについて言へば、目黒のそれはうまく、目黒以外(日本橋魚河岸)のそれはうまくない=
② 全てのxについて、xがサンマならば、あるyは目黒のxであって、yはうまく、全てのzについて、zが目黒のxでないならば、zはうまくない。
といふ「等式」は、「正しい」。
然るに、
(18)
② サンマは目黒がうまく、目黒以外はうまくない。
といふことは、
サンマは目黒はうまい。サンマは目黒以外はうまくない。
といふことに、他ならない。
従って、
(17)(18)により、
(19)
② ∀x{サンマx→∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)}。
③ ∀x{サンマx→∃y(目黒yx&美味y)}&∀x{サンマx→∀z(~目黒zx→~美味z)}。
に於いて、
②=③ でなければ、ならない。
然るに、
(20)
次の「二つの計算」は、二つとも、『UIの場合は、問題となる任意の名前が、結論がそれに基づいて導かれることになる仮定の中に現れてはならない(E.J.レモン 著、竹尾治一郎・浅野楢英、1973年、147頁改)。』といふ「条件」を満たしてゐる。
〔②〕
 (1)∀x{サンマx→∃y( 目黒yx& 美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)}                    A
1 (2)   サンマa→∃y( 目黒yx& 美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)                     1UE
 3(3)   サンマa                                                         A
13(4)        ∃y( 目黒yx& 美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)                     23MPP
13(5)        ∃y( 目黒yx& 美味y)                                      4&E
1 (6)   サンマa→∃y( 目黒yx& 美味y)                                      35CP
 (7)∀x{サンマx→∃y( 目黒yx& 美味y)}                                     6UI
13(8)        ∀z(~目黒zx→~美味z)                                        4&E
1 (9)   サンマa→∀z(~目黒zx→~美味z)                                        38CP
1 (ア)∀x{サンマx→∀z(~目黒zx→~美味z)}                                       9UI
1 (イ)∀x{サンマx→∃y( 目黒yx& 美味y)}&∀x{サンマx→∀z(~目黒zx→~美味z)} 7ア&I
〔③〕
 (1)∀x{サンマx→∃y( 目黒yx& 美味y)}&∀x{サンマx→∀z(~目黒zx→~美味z)} A
1 (2)∀x{サンマx→∃y( 目黒yx& 美味y)}                          1&E
1 (3)   サンマa→∃y( 目黒yx& 美味y)                                      2UE
1 (4)∀x{サンマx→∀z(~目黒zx→~美味z)}                                       1&E
1 (5)   サンマa→∀z(~目黒zx→~美味z)                                        4UE
 6(6)   サンマa                                                         A
16(7)        ∃y( 目黒yx& 美味y)                                      63CP
16(8)        ∀z(~目黒zx→~美味z)                                        65CP
16(9)        ∃y( 目黒yx& 美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)                     78&I
1 (ア)   サンマa→∃y( 目黒yx& 美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)                     69CP
 (イ)∀x{サンマx→∃y( 目黒yx& 美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)}                    アUI
然るに、
(21)
② から ③ が導かれ、
③ から ② が導かれるといふことは、「②=③」といふことに、他ならない。
従って、
(17)~(21)により、
(22)
「結論」として、
② サンマは目黒に限る=
② サンマは目黒うまい=
② サンマは目黒はうまく、目黒以外はうまくない
② ∀x{サンマx→∃y(目黒yx&美味y)&∀z(~目黒zx→~美味z)}=
② サンマについて言へば、目黒のそれはうまく、目黒以外(日本橋魚河岸)のそれはうまくない=
② 全てのxについて、xがサンマならば、あるyは目黒のxであって、yはうまく、全てのzについて、zが目黒のxでないならば、zはうまくない。
といふ「等式」は、「正しい」。
然るに、
(23)
② 全てのサンマ={目黒のサンマ50匹、日本橋魚河岸のサンマ50匹}
に倣って、
③ 全ての品={コレ、ソレ、アレ}
であるとする。
従って、
(22)(23)により、
(24)
③ この中ではコレ良い=
③ この中ではこの品良い=
③ ∀x{品x→∃y(コレyx&良y)&∀z(~コレzx→~良z)}=
③ 全てのxについて、xが品ならば、あるyはコのxであって、yは良く、全てのzについて、zがコのxでないならば、zは良くない。
といふ「述語論理」を、書くことが出来る。
然るに、
(25)
③ この中ではコレ良い。
に対して、
③ この中ではコレは良い。
といふ「日本語」は無い。
然るに、
(26)
商品をいろいろ見せてもらって選択するときであれば、
③ この中ではコレが良い。
と言はなくとも、
③ コレ良い。
と言へば、「充分」である。
従って、
(24)(25)(26)により、
(27)
③ これいいです=
③ この中ではコレ良い=
③ この中ではこの品良い=
③ ∀x{品x→∃y(コレyx&良y)&∀z(~コレzx→~良z)}=
③ 全てのxについて、xが品ならば、あるyはコのxであって、yは良く、全てのzについて、zがコのxでないならば、zは良くない。
といふ「述語論理」を、書くことが出来る。
然るに、
(28)
③ ∀x{品x→∃y(コレyx&良y)&∀z(~コレzx→~良z)}=
③ 全てのxについて、xが品ならば、あるyはコのxであって、yは良く、全てのzについて、zがコのxでないならば、zは良くない。
といふことは、要するに、
③ これは良くて、これ以外(アレとソレ)は良くない
といふことである。
然るに、
(29)
商品をいろいろ見せてもらって選択するときに、
③ これは良くて、これ以外は良くない
といふことは、要するに、
③ これにします。これを下さい。
といふ「意味」である。
従って、
(27)(28)(29)により、
(30)
商品をいろいろ見せてもらって選択するときに、
③ これいいです。
と言ふならば、
③ これにします。これを下さい。
といふ「意味」になる。
従って、
(30)により、
(31)
商品をいろいろ見せてもらって選択するときに、
③ これいいです。
とは言はずに、
④ これはいいです。
といふならば、
③ この商品を下さい。
とは言へない
といふ「意味」になる。
従って、
(30)(31)により、
(32)
商品をいろいろ見せてもらって選択するときに、
③ これいいです。
④ これはいいです。
と言ふならば、とハで意味反対になることがある。
然るに、
(33)
商品をいろいろ見せてもらって選択するときに、ハと意味反対になることがある。
これはいいです。(不用)
これいいです。(入用)
ここで異を立てる方にはハを使っているが、述語が同型異義になっている。不用の方はテモイイ、デモイイ(許可)で、入用の方はほめことば(好適)である。つまり、初めの方は「これはもらわ(有償)なくてもいいです」「これは引っ込めてもらっていいです」などの短絡的表現だろう(三上章、日本語の論理、1963年、156・7頁)。
cf.
他の「記事」にある「同型意義」は、「同型義」の「書き間違ひ」です。
従って、
(31)(32)(33)により、
(34)
三上章先生は、
商品をいろいろ見せてもらって選択するときに、
③ これいいです。
④ これはいいです。
と言ふならば、とハで意味反対になることがある。
といふことには、気付いていても、
③ これがいいです。
③ この中ではコレが良い=
③ この中ではこの品が良い=
③ ∀x{品x→∃y(コレyx&良y)&∀z(~コレzx→~良z)}=
③ 全てのxについて、xが品ならば、あるyはコレのxであって、yは良く、全てのzについて、zがコのxでないならば、zは良くない。
といふ「述語論理」には、気付いてゐない。
それ故、
(35)
三上章先生は、『不用の方はテモイイ、デモイイ(許可)で、入用の方はほめことば(好適)である。つまり、初めの方は「これはもらわ(有償)なくてもいいです」「これは引っ込めてもらっていいです」などの短絡的表現だろう。』といふ風に、「説明にならない説明」しか出来ないことになる。
然るに、
(36)
⑤ Every elephant has a long nose.
といふ「英語(S+V+O)」には、
⑤ Every elephant
といふ「主語(S)」が、一つだけ有る。
然るに、
(37)
ところで先にも述べたが、「すべての哲学者は独身だ」における「すべての哲学者」は、文法でいうような主語ではない。述語論理では「哲学者」は述語であり、「すべてのものは哲学者である」あるいは「哲学者であるすべてのものは」と読みかえられる。
(飯田賢一・中才敏郎・中谷隆雄、論理学の基礎、1994年、121・122頁)
然るに、
(37)により、
(38)
「すべての哲学者は独身だ」における「すべての哲学者」は、文法でいうような主語ではない。述語論理では「哲学者」は述語である。
といふ立場に立てば、
⑤ Every elephant has a long nose=
⑤ すべての象は長い鼻を持ってゐる=
⑤ ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}。
に於ける、
⑤ Every elephant(すべての象は)は、「述語(Predicate)」であって、「主語(Subject)」ではない
然るに、
(38)により、
(39)
⑥ Socrates loves his wife=
⑥ ∃x{∃y(ソクラテスx&妻yx&愛xy)}=
⑥ There is such x and y that x is socrates and y is his wife and x loves y=
⑥{xはソクラテスであって、あるyは、そのxの妻であって、xはyを愛す}といふ、そのやうなxが存在する。
といふ「それ」に於いても、有るのは「述語」であって、「主語」などは、「一つ」も無い。
従って、
(40)
「述語論理」といふ「言語の文法」を「基準」にすれば、
⑤ Every elephant has a long nose.
⑥ Socrates loves his wife.
といふ「英語」に、「主語」は無い
然るに、
(41)
1    (1)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)} A
1    (2)   象a→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)  1UE
 3   (3)∃x(象x)                         A
  4  (4)   象a                          A
1 4  (5)      ∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)  24MPP   
1 4  (6)      ∃y(鼻yx&長y)               5&E
13   (7)      ∃y(鼻yx&長y)               346EE
1 4  (8)                 ∀z(~鼻zx→~長z)  5&E 
13   (9)                 ∀z(~鼻zx→~長z)  348EE
13   (ア)                    ~鼻bx→~長b   9UE
   イ (イ)                          長b   A
    ウ(ウ)                    ~鼻bx       A
13  ウ(エ)                         ~長b   アウMPP
13 イウ(オ)                    ~長b&長b     イエ&I
13 イ (カ)                   ~~鼻bx       ウオRAA
13 イ (キ)                     鼻bx       カDN
13   (ク)                     長b→鼻bx    イキCP
13   (ケ)                  ∃z(長z→鼻zx)   クEI
13   (コ)      ∃y(鼻yx&長y)& ∃z(長z→鼻zx)   7ケ&I
13   (サ)∃x(象x)&∃y(鼻yx&長y)&∃z(長z→鼻zx)   3コ&I
13   (シ)あるxは象であって、あるyはxの鼻であって長く、あるzが長いならば、zはxの鼻である。
13   (ス)ある象は象であって、あるyは象の鼻であって長く、あるzが長いならば、zは象の鼻である。
13   (セ)従って、鼻の長い象である所のxが存在する。
といふ「述語計算」は、「正しい」。
従って、
(22)(41)により、
(42)
⑦ 象は鼻が長い=
⑦ 象であるすべてのxの鼻は長く、鼻以外は長くない
⑦ ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}=
⑦ 全てのxについて、xが象ならば、あるyはxの鼻であって、yは長く、全てのzについて、zがxの鼻でないならば、zは長くない=
As for all x, if x is an elephant then there is y such that y is a nose of x, and y is long, and as for all z, if z is not a nose of x then z is not long.
といふ「等式」は、「正しい」。
然るに、
(43)
そこで私たちは主語を示す変項を文字通りに解釈して、「或るもの」(英語で表現するならば something)とか、「他の或るもの」というような不定代名詞にあたるものを最も基本的な主語とする。そこで「ソクラテスは人間である」といふ一つの文は、
(xはソクラテスである)(xは人間である)
という、もっとも基本的な 主語-述語 からなる二つの文の特定の組み合わせと考えることができる。すなわち、
SはPである。
という一般的な 主語-述語文は、
Fx Gx
という二つの文で構成されていると考える。そしてこの場合、Fx はもとの文の主語に対応し、Gx述語に対応していることがわかる。
(沢田允茂、現代論理学入門、1962年、118・119頁)
従って、
(42)(43)により、
(44)
⑦ 象は鼻長い=
⑦ ∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
といふ「日本語・述語論理」には、少なくとも、
=象
=xの鼻
といふ「二つの主語」が、有ることになる。
然るに、
(45)
「象は鼻長い」の主語は結局何なんでしょうか?
newbalanse751さん2007/8/919:18:35
ベストアンサー以外の回答1〜5件/9件中
dendenko123さん 2007/8/1001:13:49
文法では、「二重主語」と看做すようです。
ベストアンサーに選ばれた回答
siden1972さん 編集あり2007/8/1002:37:00
主語はありません。
「象は鼻長い。」という文は、日本語という言語には主語は存在しないことを主張するために、三上章氏が使った例文のひとつです。
その趣旨を考えるなら、主語は存在しないのです。
従って、
(40)(44)(45)により、
(46)
「すべての哲学者は独身だ」における「すべての哲学者」は、文法でいうような主語ではない。述語論理では「哲学者」は述語であり、「すべてのものは哲学者である」あるいは「哲学者であるすべてのものは」と読みかえられる(飯田賢一・中才敏郎・中谷隆雄、論理学の基礎、1994年、121・122頁)。そこで私たちは主語を示す変項x、yを文字通りに解釈して、「或るもの」(英語で表現するならば something)とか、「他の或るもの」というような不定代名詞にあたるものを最も基本的な主語とする(沢田允茂、現代論理学入門、1962年、118頁)。
といふ、「述語論理(Predicate logic)」を「基準」にすれば、
⑤ Every elephant has a long nose.
といふ「英語」には、「主語」が無く
⑦ 象は鼻長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
といふ「日本語・述語論理」には、「二重主語」が有る。
といふことになる。
従って、
(46)により、
(47)
「述語論理(Predicate logic)」を「基準」にすれば、「主語」が無いのは、「日本語」ではなく、むしろ、「英語」の方である。といふことに、なるものの、金谷先生は、その点について、どのやうにお思はれるのでせうか(質問1分の1)。
平成30年03月02日、毛利太。
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