「未有仁而遺其親者也。」の「述語論理」。 - 返り点に対する「括弧」の用法について提案
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「未有仁而遺其親者也。」の「述語論理」。

(01)
(ⅰ)
1   (1)∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)} A
1   (2)   仁a→~∃y(親ya&遺ay)  1UE
 3  (3)   仁a               A
13  (4)      ~∃y(親ya&遺ay)  23MPP
13  (5)      ∀y~(親ya&遺ay)  4量化子の関係
13  (6)        ~(親ba&遺ab)  5UE
13  (7)        ~親ba∨~遺ab
  8 (8)        ~親ba        A
  8 (9)        ~遺ab∨~親ba   8∨I
   ア(ア)             ~遺ba   A
   ア(イ)        ~遺ab∨~親ba   9∨I
13  (ウ)        ~遺ab∨~親ba   789アイ∨E
13  (エ)         遺ab→~親ba   ウ含意の定仁
13  (カ)      ∀y(遺ay→~親ya)  エUI
1   (キ)   仁a→∀y(遺ay→~親ya)  3カCP
1   (ク)∀x{仁x→∀y(遺xy→~親yx)} キUI
(ⅱ)
1   (1)∀x{仁x→∀y(遺xy→~親yx)} A
1   (2)   仁a→∀y(遺ay→~親ya)  1UE
 3  (3)   仁a               A
13  (4)      ∀y(遺ay→~親ya)  23MPP
13  (5)         遺ab→~親ba   4UE
13  (6)        ~遺ab∨~親ba   5含意の定仁
  7 (7)        ~遺ab        A
  7 (8)        ~親ba∨~遺ab   8∨I
   9(9)             ~親ba   A
   9(ア)        ~親ba∨~遺ab   ア∨I
13  (イ)        ~親ba∨~遺ab   6789ア∨E
13  (ウ)        ~(親ba&遺ab)  イ、ド・モルガンの法則
13  (エ)      ∀y~(親ya&遺ay)  ウUI
13  (オ)      ~∃y(親ya&遺ay)  エ量化子の関係
1   (カ)   仁a→~∃y(親ya&遺ay)  3オCP
1   (キ)∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)} カUI
従って、
(01)により、
(02)
(ⅰ)∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)}
(ⅱ)∀x{仁x→∀y(遺xy→~親yx)}
に於いて、
(ⅰ)ならば(ⅱ)であり、
(ⅱ)ならば(ⅰ)である。
従って、
(02)により、
(03)
(ⅰ)∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)}
(ⅱ)∀x{仁x→∀y(遺xy→~親yx)}
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
従って、
(03)により、
(04)
(ⅰ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、あるyはxの親であって、xがyを遺棄するといふ、そのやうなyは存在しない。
(ⅱ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、xがyを遺棄するのであれば、yはxの親ではない。
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
然るに、
(05)
(ⅱ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、xがyを遺棄するのであれば、yはxの親ではない。
といふのであれば、
(ⅱ)仁者であっても、自分の親でなければ、遺棄する。
といふことに、なりさうである。
然るに、
(06)
(ⅱ)遺xy→~親yx
(ⅱ)xがyを遺棄するのであれば、yはxの親ではない。
 の「対偶」は、
(ⅲ)親yx→~遺xy
(ⅲ)yがxの親であるならば、xはyを遺棄しない。
 であるため、
(ⅱ)は、
(ⅱ)自分の親でない場合については、「何も、言ってはゐない。」
然るに、
(03)(06)により、
(07)
(ⅱ)遺xy→~親yx の「対偶」が、
(ⅲ)親yx→~遺xy である。
 といふことは、
(ⅰ)∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)}
(ⅱ)∀x{仁x→∀y(遺xy→~親yx)}
(ⅲ)∀x{仁x→∀y(親yx→~遺xy)}
 に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ)=(ⅲ) である。
といふことに、他ならない。
従って、
(04)(07)により、
(08)
(ⅰ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、あるyはxの親であって、xがyを遺棄するといふ、そのやうなyは存在しない。
(ⅱ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、xがyを遺棄するのであれば、yはxの親ではない。
(ⅲ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、yがxの親であるならば、xはyを遺棄しない。
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ)=(ⅲ) である。
然るに、
(09)
(ⅰ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、あるyはxの親であって、xがyを遺棄するといふ、そのやうなyは存在しない。
(ⅱ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、xがyを遺棄するのであれば、yはxの親ではない。
(ⅲ)すべてのxについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、yがxの親であるならば、xはyを遺棄しない。
といふことが、「真」であるならば、
(ⅳ)昔から仁に志すもので、親をすてさったものは、一人もいないことになる。
然るに、
(09)
未有仁而遺其親者也。
未だ仁にして其の親を遺つる者は有らざるなり。
昔から仁に志すもので親をすてさったものは一人もいない(小林勝人 訳)。
従って、
(01)~(09)により、
(10)
(ⅳ)未有仁而遺其親者也。
といふ「漢文(孟子、梁惠王章句上)」は、
(ⅰ)∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)}
(ⅱ)∀x{仁x→∀y(遺xy→~親yx)}
(ⅲ)∀x{仁x→∀y(親yx→~遺xy)}
といふ「述語論理」に、相当する。
然るに、
(11)
(ⅰ)∀x=「すべてのx」≒「昔から、今までのすべてのx」
(ⅱ)~∃=「有らず」
従って、
(09)(10)により、
(12)
① 未有仁而遺其親者。
② 未だ仁にして其の親を遺つる者は有らず。
③ ∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)}=
③ 昔から、今まのすべてのについて、xが仁者であるならば、すべてのyについて、yがxの親であるならば、xはyを遺棄しない。
であれば、
① の「語順」よりも、
② の「語順」方が、
③ の「語順」に、「似てゐる」。
然るに、
(13)
再読文字
未:未だ~せず 文では、現代文や古文とは違った文法がでてきます。その中の1つが再読文字です。どのようなものかと言うと、文字通り、2回読む文字です。
従って、
(11)(12)(13)により、
(14)
③ ∀x{仁x→~∃y(親yx&遺xy)}=昔から、今までに、仁に志すもので親を捨てさったものは、一人もいない。
といふ「述語論理」に於ける、
③ ∀x    ~∃y
は、「未(再読文字)」に、「似てゐる」。
平成31年04月18日、毛利太。
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